2010/07/26

勝手に小説化 FF5 vol.9

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 10:42 PM

 

 四人は信じられない光景に目を疑った。誰も口を開くことができずに、数秒後レナが力を失ったようにその場に座り込んでしまった。クリスタルルームの中心、台座にその主の姿はなく、代わりに部屋中に、砕け、四散したクリスタルの欠片が散らばり、弱々しく光っていた。

 自然の力の源であるクリスタル。そのうち風を司るクリスタルが失われたということは、もはや世界に風が吹かないことを意味していた。船が海原を駆けることも、渡り鳥が海を越えることも、宵の街に夕食の香りが漂うことも、もうない。

「世界が……お父様……」

 レナが力なくつぶやいた。バッツはその肩に手を置いて、じっと状況を見定めようとした。先ほどの怪鳥が砕いたのだろうか。風の源は、伝説のクリスタルはこんなにも脆い存在だったのだろうか?そもそも、あの怪鳥はどこから現れたのか?タイクーンの王はどこにいったのか?先ほど自分を助けた謎の声は?バッツはぶんぶんと頭を振った。判らないことが多すぎる。一度に解決しようとしてはいけないと、バッツは思った。

 ファリスは散らばったクリスタルの欠片を眺めながら、台座の周りを歩き始めた。欠片の断面がきらきら輝き、ファリスの姿を映した。ファリスはそのうちのひとつを手に取ろうとし、欠片に触れた。

 瞬間、ファリスの脳裏にイメージが流れ込んできた。空、そしてどこかの国、赤い光を帯びたクリスタル――ファリスは思わず声を挙げ、手を引いた。

「どうした!?」

 ガラフがファリスに歩み寄ろうとした瞬間、部屋中のクリスタルの欠片が輝きだした。

「これは……」

 レナが困惑した表情でつぶやいたとき、今度は四人の脳裏に同時にイメージが流れ込んできた。

 

四人は空を飛んでいた。眼下の景色は風の神殿から海、森、砂漠と移り変わり、やがて城と街が見えた。四人はその城に飛び込むように落ち、そこで炎のように力強い、真っ赤に光るクリスタルを見た。赤いクリスタルから四人は勇気を受け取った。そのまま、四人はまたも宙を舞い、水に囲まれた天高くそびえたつ塔へと飛んだ。豊かな水を湛えた青く光るクリスタルから、いたわりの心を託された。次に飛んだのは遠い遠い昔に忘れ去られたらしい廃墟だった。いくつもの土と鉄との層を潜り抜け、見たことのない遺跡のような景色をめぐり、辿りついた先には黄金色に輝くクリスタルがあった。クリスタルは四人に希望を託した。最後に四人は風の神殿に戻ってきた。散ったクリスタルたちが一斉に、より強く輝き、バッツ達に探求せよと語りかけてきた。やがて、バッツ達の身体はそのまま地面に降り、四人は我に返った。まるで夢を見ていたような気分だったが、しかし四人は確かめずともお互いが同じ経験をしたことを実感していた。

「今のは……なんだったんだ?クリスタルが……」

バッツが呟いた。今の体験を、うまく言葉で説明することができなかった。

「クリスタルの……心?」

レナが呟いた。それはなんとも曖昧な表現ではあったが、しかしその言葉が一番しっくりくるように感じられた。四人は確かにクリスタルの持っていた思念のようなものに触れたし、それは四人の内に強い何かを残していた。

「なにやら、あったかいのう……」

ガラフが穏やかな顔で言った、その時だった。レナが突然、クリスタルの台座の方に向き直った。つられて、他の3人もそちらを見る。ファリスがあっと高い声を挙げた。先ほどまで誰も居なかった台座の上には、青いローブを着た男性が立っていた……立っていたというのは少し正確ではなく、男性の両の足は、ほんの少し地面から離れていた。バッツは思わず剣の柄に手を添えたが、しかし男性からは邪気が感じられず、バッツはそのまま身体の力を緩めた。

「お父様……!」

「父さん……レナの……?」

 レナの反応に、ファリスがレナと男性を交互に見比べた。レナは戸惑っているようだった。それもそのはずで、人間であるレナの父、タイクーン王であるなら、多少の魔法の心得があるとはいえ地に足をつけずに立つなどということはできるはずがないのだ。しかしそれでも、レナは探し求めていた父の姿を目にして、涙があふれてきていた。タイクーン王はレナに一度、優しい笑みを向けると、それからすぐに顔を引き締め4人に向き直った。

「よく聞くのだ。お前たちはクリスタルに選ばれし4人の戦士。……4つの心が宿るもの。勇気、慈愛、希望、探求……」

「どういうことですか、お父様!」

 レナがタイクーン王の言葉を遮って言ったが、タイクーン王は構わずに続けた。その顔には、若干の焦りが見られた。

「風のクリスタルは砕け散ってしまった。そして、他の3つのクリスタルも砕け散ろうとしている……お前たちは、クリスタルを護らねばならない。邪悪な者がよみがえろうとしている……全てを闇に変えるものが……」

 そこまで言った時、王の周りに突如、黒い霧のようなものが立ち込めた。同時に、先ほど怪鳥が現れた時のような嫌な感覚が4人を襲った。バッツは、今度はためらいなく剣を抜いた。

 黒い霧は、王を閉じ込めるように丸く包み込んだ。王は焦燥の表情を見せ、抵抗したが、球体は王を呑みこんだままふわりと浮きあがった。

「お父様!!」

レナが叫ぶ。

「行け!4人の戦士たちよ!クリスタルを護るのだ!」

 王がそこまで叫んだ時、球体は驚くべき速さで飛びだした。バッツ達が動き出す間もなく、球体はまるでそこに壁などなかったかのように、神殿の外壁を通り抜け、王を連れ去った。同時に、その場を支配していた瘴気が消えた。レナが再度叫んだが、その声は王の消えた壁に跳ね返り、ただ残響を残すだけだった。

 4人はしばらくの間、ただ立っていることしかできなかった。クリスタルの喪失、タイクーン王の残した言葉、一つ一つの事を反芻する時間が必要だった。

 ガラフは王の言葉を受けて、頭に鈍い痛みを感じていた。ガラフには、タイクーン王が言っていることを自分は既に知っていたような、奇妙な実感があった。もし自分が記憶を失う前にそのことを知っていたのだとしたら、自分が風の神殿を、そこにあったはずのクリスタルを求めていた事に説明がつく。しかし、なぜ自分がそのことを知っていたのかという事を思いだそうとすると、再び頭が刺すように痛みだした。結局、自分の正体が何であるかは判らないままだった。

 ガラフがこの場で自分の正体を思いだす事をあきらめた時、周りに散らばったクリスタルの欠片が再び、光りだした。4人がその状況に戸惑っていると、クリスタルの欠片はふわりと空中に浮かびあがり、お互いがお互いの光を受けて七色に輝きだした。

「クリスタルの欠片が……」

 ファリスが口を開きかけた時、クリスタルの欠片たちはいっそう強く輝き、次の瞬間には閃光となって、4人の身体に飛び込んだ。4人の心は再び風の神殿を離れ、イメージの世界へと跳んだ。4人の心は今度は空ではなく、時間と、人の心を駆けた。クリスタルに宿る古の勇者たちの心。歴戦の戦士の、高名な魔術師の、研究に己を費やした博士の……そこには幾千もの戦いがあり、勝利があり、出会いがあり、喜びがあった。敗北、別れ、悲しみを見た。恋をし、愛しあい、子を成し、あるいは別れ……最後に勇者たちは永き眠りについた。いずれも、己を高め、他の為に己が人生を投じた誇り高き戦士たちだった。

 バッツはイメージの世界で、先ほど怪鳥の戦いの際にバッツの身体に入り込んだ戦士と出会った。戦士はバッツに頬笑み駆けると、世界を、孫たちをよろしく、と言った。バッツが頷くと、戦士は光となってバッツの中に飛び込んできた。

 気がつくと、4人はまたクリスタルルームに還っていた。さきほどまで部屋に散らばっていたはずのクリスタルの欠片が、一つも残っていなかった。

「俺たちが……護る?クリスタルを……」

 バッツが反芻するように呟いた。誰も返事をできなかった。

「さっきの……他の3つのクリスタルの場所……?私、見たことがあるわ、あの青いクリスタル、あれはウォルスの……確か、水のクリスタル、お父様に連れて行ってもらった……」

 レナが言った。レナも混乱しているようで、言葉がうまく続かない。

「むう、しかし」

 声を発したガラフは、辛そうに頭を抱えていた。

「わしは、そうするために、ここに来たような気がする……わからんのじゃが、そうしなければいけない……」

 3人はガラフを見た。

「さっきレナの父君が言っておられた言葉……わしはここに来る前、クリスタルが危ないということを知っていたような気がしてならんのじゃ。それも、風のクリスタルだけではない……他の3つ、全てのクリスタルが……」

 そこまで言って、ガラフは表情をゆがめた。頭が痛むのか、ガラフはそのまま黙ってしまった。

「でも、なんでだ?どうして俺たちが?俺たちはさっき見たみたいに、ご立派な人間じゃあない。勇者だって?そんなのは、もっと歴戦の戦士とか、そういうお方にふさわしい称号じゃないのかい?」

 ファリスは混乱したようにそうまくしたてた。しばし、沈黙が流れた。

「俺は……行ってみようと思う。ウォルスへ……」

 バッツが口を開いた。

「確かに、俺は勇者なんかじゃない……でも今、クリスタルは俺たちに伝えて散ったんだ。俺たちが動かなきゃ、多分、誰も動けない。クリスタルが壊れるなんて、信じられるのは目の前で割れたクリスタルを見た俺達だけだ。それに……助けてもらった恩がある」

「恩?」

 レナが聞いたが、バッツはそれに返事はしなかった。怪鳥との戦いのときに力を貸してくれた勇者とかわした言葉と気持ちを、バッツは上手く伝えられそうになかったのだ。結果としてバッツは、彼の頼みを聞こうと思った、そのことだけでいいと思った。

「私も……行きます。」

少しして、レナが続けた。ガラフも強く頷いている。

「満場一致か、やれやれ。じゃあ行くよ、俺も。」

 ファリスが頭を掻きながら言った。

「ウォルスに行くとなると、水門を越えて南だな……肝心の門はどうする?王女様」

「門の管理人を知っています。トゥールに行きましょう」

レナがファリスに答えた。オーケー、とファリスは答え、4人は神殿を出てトゥールに向かった。

つぶやくつぶやく

2010/06/02

勝手に小説化 FF5 vol.8

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:48 PM

風の神殿は、本来的に聖域であった。クリスタルの加護を受けた地は、そのクリスタルが司る自然の恵みを豊かに有し、穏やかで実り多い土地となる。風のクリスタルの安置された風の神殿と周辺は穏やかで芳醇な風に満ち、クリスタルの加護のもと集まる聖なる存在に守られた、生き物の憩いの土地となる。クリスタルの光に導かれたという伝説の妖精シルフの加護を受け、あたりには美しい草木が歌い、空は一年中荒れることを知らない。春には花が舞い、夏には草木が茂り、秋には虫が歌い、冬には次の春への静かな休眠をとる。魔の存在が一切近づくことのない安全な場所であった。

しかし、現在の神殿の姿は、そのような美しい景色とは真逆だった。辺りは薄い瘴気が立ち込め、草木と花々は荒らされ、神殿の扉は何者かによって砕かれている。バッツたち三人と、船を部下の海賊たちに任せてきたファリスは、神殿の前まで辿りついていた。

「ここがその『神殿』なのか?とてもそうは見えんの」

 ガラフが辺りを見て言った。

「ひどい……本当は美しい神殿なのです。誰がこんなことを……」

 レナが悲痛な表情で答えた。

「俺も何度か近くまで来たことはあるが、確かにこりゃひどいな。めちゃめちゃだ」

 ファリスが言った。バッツは神殿の崩れた扉を見つめていた。神殿の扉は人二人分の高さに加え、相当な厚みがある。石造りの扉は、壊れ方から見て自然に崩れたとは考えにくかった。おそらく、何か外側から力をかけて砕いたと見るべきだろう。しかし、この巨大な扉を砕く力とは何か?人間では、たとえ熟練の戦士であっても不可能な所業である。バッツは長く各地を旅してきたが、このように巨大な扉を壊せる存在を、人間と魔物両方含めても出会ったことはなかった。

 バッツの心は揺れていた。おそらくこの扉を砕いた存在はこの神殿の中に居る。危険な存在であろう。しかし、自分の心はレナやガラフと同様、この神殿を求めていた。内部に命を落とす危険があるにも関わらず、である。父ドルガンは自分に危険を避ける術を教えた。だが、バッツはまるで父に神殿の中に入れと言われているような気がしていた。自分の中の矛盾する感情に少しの間バッツは悩み、そして決断した。

「レナ、急いだほうがいい。親父さんが上に居るんだろ?」

 バッツが言うと、レナは唇をきゅっと結んで頷いた。四人は覚悟を決めると、魔物の臭いが立ち込める神殿内に飛び込んだ。

 

 神殿内部は、ゴブリンたちをはじめとするモンスターの巣窟となっていた。バッツが先頭を、ガラフが最後尾を務め、ファリスがレナを護る形を取り、4人は強引に神殿内部を上階へと駆け上がって行った。バッツは当初、3人を護りながら進む事に不安を感じていたが、それは杞憂に終わった。ファリスは海賊の首領に恥じぬ度胸で力強くレナを護ってくれ、ガラフは徒手で十分にゴブリンを撃退するほどの腕をもっていた。ガラフは途中でゴブリンの持っていた石造りの剣を奪うと、それをバッツも驚くほど巧みに使いこなしてみせ「わしの正体は剣聖かもしれんの」と冗談を言っていた。

 順調に階上へ歩を進めた一行だったが、クリスタルルームまであと階段ひとつ、というところで先頭を行くバッツの脚が止まった。バッツは他のメンバーがバッツを追い越して先行せぬよう手で制そうとしたが、それをするまでもなく、全員が異常事態を肌で感じていた。

 階段を前にして、明らかに瘴気が濃くなったのである。バッツをして、ここまでの禍々しい空気に触れた事はなかった。他の三人もそれぞれに何らかの違和感を感じているようだった。

「なんだか、寒い……」

 レナが身震いするように言った。魔術の心得のあるレナは、他の三人よりも瘴気の影響を強く受けていた。ファリスが無言で自分の上着を着せようとしたが、レナは首を振って、寒気の原因が自分の体調ではないことをファリスに伝えた。

「……どうする?」

 ガラフが訊いた。ここまでバッツを驚かせるほどの戦いを見せたガラフも、表情が硬く強張っていた。

「レナ、他に道は?」

 バッツはレナに訊いた。レナは少し考えたが、やがて首を振った。悲痛な表情だった。この先には明らかな危険があるが、目的はそのさらに先にある。

「判った。俺が先に行って見てくる。」

 バッツはそう言うと、階段の上に目を向けた。

「でも……」

レナの不安そうな声を遮り、バッツは続けた。

「大丈夫。少し見てくるだけだ。すぐに戻る。大丈夫そうなら、皆を呼ぶ。」

 バッツはそういって、慎重に階段をのぼりはじめた。一歩一歩が重たかった。心の一部が命の危険を感じて、バッツに戻れと無意識の指示を送っている。バッツはそれを抑え込み、自分を奮い立たせて階段を上った。

 階段を上りきったバッツの前には、巨大な扉があった。この先がクリスタルルームなのだろう。バッツは壁に沿うように立ち、辺りを注意深く観察した。しんと静まり返り、耳が痛いほどだった。気味の悪い瘴気は消えていない。瘴気のもとはクリスタルルームの中だろうか。バッツがそう考えながら、視線を上に向けた時だった。

 ぐにゃり。とバッツの視界がゆがんだ。バッツはこれまでにない危険を感じ、全力で横に跳んだ。直後、さっきまでバッツの立っていた位置に巨大な何者かが降り落ち、地面を抉った。

 落ちてきたのは巨大な怪鳥だった。バッツはそれを見て、すぐにこの魔物こそが瘴気の原因だと判った。怪鳥から放たれる禍々しい瘴気が、周囲の空気すらゆがめていた。先ほどバッツの視界がゆがんだのはこの瘴気の為だった。怪鳥は仕留め損ねた獲物の方にゆっくりと向き直り、ギロリとバッツをにらんだ。そして、「ゲェェェェエエエエッ!!!」と耳が割れるほどの奇声を放ち、バッツを威嚇した。バッツの脳裏に、神殿の入り口で見た破壊された扉の映像がよぎった。

「皆!来るな!逃げろ!!」

 バッツは階下に向かって思い切り叫んだ。どう考えても生身の人間四人の敵う相手ではなかった。いや、たとえ鋼鉄の鎧に身を包んだとしても、こいつはそれを簡単に砕いてしまうだろう。正当に渡り合うためには、戦争に使うような兵器、たとえば船に積むような大砲でもなくてはまともに戦う事などできはしまい。

 バッツはしかし、それでも腰の剣を抜いた。怪鳥は決して自分を逃がしたりはしないだろう。ならば、せめて他の三人だけでも逃がさなくてはならない。少しでもその時間を稼ぐことが今の自分の、そして恐らく最後の使命となる。バッツはそう考えた。窮地においても利己的にならず、状況を判断し最善の判断を下す。そう教えたのも父だった。

 しかし、バッツの思惑にも関わらず、バッツが逃がしたかった三人はバッツの声を聴き、逆に階段を駆け上がってきてしまっていた。バッツはチッと舌打ちをした。舌打ちをしながら感謝した。命の危険は嫌というほど感じていただろうに、バッツの危険を感じて上階に昇ってきてくれた仲間たちに。

「バッツ!!」

 叫んだレナの声は、同時に再び声を挙げた怪鳥にかき消された。怪鳥の殺気がより強く、重く、濃くなっていた。バッツ一人だったからこそ怪鳥は頭上に隠れ、余裕を見せていたが、四人が集まったことで怪鳥は遊ぶ事をやめたのだった。

 怪鳥がその大きな翼を広げ、数度羽ばたいただけで、恐ろしい速度の風が起こり、四人は簡単に吹き飛ばされた。バッツだけは少し後ろに飛ばされかけたものの、なんとか地面に身体を伏せた。バッツに比べて体重の軽いレナとファリスはそのまま吹き飛ばされ、背後の壁に身体を強く打ちぐったりと地面に倒れた。ファリスはかろうじて意識を残していたが、身体をくの字に曲げて悶絶していた。ガラフはとっさに柱の陰に隠れ強風を免れたが、直後に怪鳥が後足で放った蹴りで柱もろとも吹き飛ばされ、意識を手放した。万事休すだ。バッツはそう思った。剣を握っていた右手が恐怖にカタカタ震えた。

 しかしそれでも、バッツは立ちあがり、戦意を放り投げなかった。それは父から受けた誇りであり、倒れている仲間たちへの感謝だった。怪鳥が再びバッツを吹き飛ばそうと大きく羽ばたいた。バッツは腰をぐっと落とし、強風に耐えた。しかし、風に飛ばされた無数の瓦礫や礫が、容赦なくバッツの身体を撃った。体中に激しい痛みが走り、ついにバッツは膝をついた。

 悔しい。バッツはそう思っていた。怪鳥はもはや羽をたたみ、余裕の表情でこちらを見ていた。どうしようもないとバッツも心のどこかで実感していた。しかし、その反対側でバッツは、どこから湧いたのか判らないが、尽きることない戦意を、心の中に抱き続けていた。

 この局面を終わらせるべく、怪鳥がゆっくりとバッツ達の方へと歩みを進めた時だった。「……力を貸そう……」

 バッツの頭の中に、直接声が響いた。バッツは思わず辺りを見回した。しかしもちろん、誰も居るはずはなく、立っているのは自分と怪鳥だけだった。死に瀕し自分がおかしくなってしまったのかと困惑したまま、バッツは近づいてくる怪鳥に向かって真っすぐ剣を構えていた。

「望め」

 今度はさっきよりもはっきり聞こえた。聴いたことのない、男性の声のようだった。バッツはなんだかわからなかったが、とにかく仲間たちを護り、生き残る事を強く強く望んだ。

 バッツの持っていた剣がふわりと軽くなった。それはバッツの主観であったからそう感じたというだけで、実際には剣の重さは変わっていない。バッツは驚きながらも、先ほどより強く剣の柄を握った。自分でも驚くほど力がスムーズに入り、まるで自身と剣とが一体化したように思えた。

 怪鳥が自分の間合いギリギリまで距離を詰めた瞬間、怪鳥は左後ろ脚で思い切り蹴りを繰り出してきた。その瞬間、バッツの頭の中に無数の戦いの記憶が流れ込んできた。様々な猛者との、怪物との、魔物との戦いとの勝利の記憶。敗走の記憶。バッツは困惑した。それは明らかに自分の記憶ではなかったのに、どういったわけかバッツには自分のものであるかのような妙な実感があった。バッツは怪鳥の蹴りを、まるでいくつもの死線を潜り抜けた歴戦の覇者であるかのように優雅に、最小限の動きでかわした。そしてそのまま、かわす動きを活かして怪鳥の脚を剣で斬った。どこにでも売っている護身用の幅広の剣である。使い込んでおり、刃こぼれもあった。名刀などとはほど遠いバッツの剣は、しかし怪鳥の脚を一撃で斬り落としていた。戦闘中にも関わらず、怪鳥も、バッツも共に困惑した表情を見せた。怪鳥は突然自身の一部を失った感覚に。バッツは脚を切り落とした事に対するあまりの手ごたえの軽さに。しかしそれは幻想でもなんでもなく、バランスを逸した怪鳥は、大きな音を立てて地面に崩れた。遅れて、怪鳥の脚からは漆黒の血液が噴き出した。怪鳥がけたたましい雄叫びを挙げる。怒りと困惑とが混じった、これまでにない叫びだった。しかし片足を失った怪鳥は、轟音を立て横向きに倒れた。

 しかし、バッツは一歩、その場から下がりはしたものの、構えを解かなかった。怪鳥はまだ戦意を喪失してはいない。怪鳥はその眼で暗く強くバッツを睨みつけると、地面に接していないほうの翼を大きく広げ、そのままの姿勢で羽ばたこうとした。

 バッツは怪鳥が羽ばたく予備動作の時、既に動いていた。一歩踏み込み、バッツと怪鳥の間の空間に向かって地から天へ斬り上げた。ほぼ同時に、怪鳥が羽を振りおろしていた。怪鳥の羽ばたきが起こす風は、さきほどバッツ達を吹き飛ばした時よりも何倍もの強さをもった強風となり、まるで大砲の弾のようにバッツ達に向かって放たれた。しかし、バッツの放った一閃はその空気弾がバッツに届くより早く、その空気弾ごと、怪鳥の腹を裂いた。更に大量の血を噴き出し、怪鳥はもはや断末魔の叫びを挙げることもできず絶命した。

 バッツは怪鳥が完全に動かなくなるのを確認すると、ようやくゆっくりと息を吐いた。と、バッツの持っていた剣が突然重たくなり、バッツは思わず剣を取り落とした。しかし直後、バッツは体中に重さを感じた。剣が重たくなったのではなく、先ほどまで自分に力を貸していた何者かが自分から離れたために、剣を支えられなくなったのだ。

 辺りを支配していた瘴気は、怪鳥が倒れると同時に消え去っていた。バッツは疲労で今すぐ倒れ眠りたいくらいだったが、なんとか自分を奮い立たせると、仲間たちのもとへ走った。比較的ダメージが少なかったのか、ファリスはバッツが声をかける前によろよろと立ちあがり、目の前にある怪鳥の死骸を確認すると、安心したようにフーッと大きく息を吐き、横で気を失っているレナの身体をゆすった。

 バッツはガラフに駆け寄った。ガラフはもろに怪鳥の蹴りをくらっていたため、一番ダメージも大きいはずだった……が、ガラフはしっかりと防御と受け身をとっていたようで、床に身体を打ちさすがに気は失っていたものの、外傷は驚くほど軽かった。ゴブリンたちとの巧みな戦い方といい、恐らく、若いころはバッツなどおよびもつかないほどの戦士だったに違いない。ガラフの頬を叩くと、ガラフは呻き声をあげ、目を開いた。

 

 数分後、ようやく四人全員が立ち上がり、クリスタルルームの扉を前にすることができた。仲間たちはバッツがどうやって怪鳥を退けることができたのか不思議に思ったが、バッツはうまく説明することができなかった。体の中に何者かが入ってきた、とだけは説明したが、当のバッツ自身が未だその感覚に疑いを持っていたのだ。ともかく、四人はレナの父、タイクーンの王を探してクリスタルルームの扉を開いた。

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2010/05/08

勝手に小説化 FF5 vol.7

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:47 AM

 海賊船の船長ファリスは、孤児だった。幼いころに乗った船が難破し、遭難しているところを海賊に拾われてから先、ずっと先代船長の子として生きてきた。本当の父と母の顔は知らない。ファリスが持っている最初の記憶は、たくさんの海賊たちの笑顔だった。

 ファリスが16歳になるころ、育ての父であった船長が死んだ。本来穏やかな海域であるトゥール近海に、外海から迷い込んだと思われる強力な魔物が現れた時だった。父は船員と街を守るため、毒をたっぷり持って、自ら海へ飛び込んだ。命を賭して他を守った父はまだ若かった。ファリスは、父が自分の為に嫁を取らなかった事を知っている。

 ファリスは、父の後を継いで船長になった。ファリスの若すぎる船長就任には当然のことながら、多くの反対があったが、ファリスはそれを手腕でねじ伏せた。誰よりも近い位置で父を見てきたファリスは、既に十分なまでに船長としての素質を蓄えていた。やがて、ファリスが船長であることに異を唱える者はいなくなった。

 ファリスが18になった時、ファリスにとって善き相談役であった老人、先々代船長から呼び出された。アジトの一室で、先々代はファリスを机の向かいに座らせると、紫の宝石を抱えたペンダントを卓上に置いた。

 それから先々代は、沢山の事をファリスに告げた。ペンダントはファリスが拾われた時、ファリスが握りしめていたものであること。ペンダントを頼りにファリスの家族を探したが、結局見つからなかったこと。育ての父のファリスに対する想い。父に、結婚後すぐ失った嫁がいたこと。最後に先々代は、ペンダントをファリスに握らせ、今後をどう生きるかは、己で決めなさいと強い目で言った。ファリスは動揺を隠し「本当の家族に会ったら、一発ひっぱたく」と宣言して部屋を出た。その後、ファリスは自室で泣いた。

 それからも、ファリスは船長として生きた。ファリスにとっての一番大きいものは、結局、海賊としての自分と仲間だった。自分の正体が知りたくないわけではなかったが、しかしファリスはこれまでの自分に、父と仲間に誇りを持っていた。だから、ファリスは敢えて自分の正体を探ろうともしなかった。

 しかし、その機会は向こうから現れてしまった。密航者の女が自分と同じペンダントをもっていた。また、真偽は判らないが、その女は自分をタイクーンの王女と名乗った。もし本当なら、自分はいったい何者であるのか。大きな手掛かりになるかもしれなかった。

「風の神殿に行きたいとか言ってたか……」

 自室でファリスはそうつぶやいた。

 

「おかしら、連れてきやした!」

翌朝の船上、舳先に立つファリスの前にバッツ達三人は連れてこられた。ろくに食事も与えられず、空腹の極みだった三人は、抵抗する力も出ず素直にその場に直立していた。

「こいつらを、どうするんで?」

 海賊の一人が言った。ファリスはひとつ頷き、三人を順番に見た。しばらくして、ファリスは部下たちを見まわし

「縄を解いてやれ!」

力強く命じた。海賊たちの間にどよめきが走った。

「早くしねえか!」

 反論されるより早く、ファリスは再度命じた。海賊たちは困惑した表情で三人の縄を解いた。数時間ぶりの解放に、三人は凝り固まった身体をほぐすように手足を振った。

「風の神殿に向かう!」

 ファリスが宣言した。船上にさらなるどよめきが走った。ただ一人、レナだけが顔をぱっと輝かせていた。

「どうして……?」

 レナが聞いたが、ファリスは質問を遮るようにぶんぶんと首を振った。

「力を貸してやるって言ってるんだ。いいじゃねえか!さぁ、風の神殿に向かうぞ!」

 有無を言わさぬといったように、ファリスは一方的に言った。海賊たちは納得がいかぬようだったが、ファリスが再度怒鳴ると、海賊たちはアイアイサーと応え、しぶしぶ出航の準備を始めた。

「ありがとう……」

 レナが、ファリスの横に近寄り、感謝をこめて言った。バッツは二人を見ながら、一瞬まるで似合いの恋人たちであるかのように錯覚し、複雑な気分になった。ガラフが横で、絵になるのお、と呟いていた。

「ファリスだ。」

 ファリスは三人に言った。

「俺の名前。これからはファリスでいい。」

「私はレナ。よろしくね、ファリス。」

 レナはにっこりとほほ笑んだ。バッツとガラフも、それぞれの名をファリスに告げた。

「そうだ、これ。」

 ファリスはそう言って、懐からレナのペンダントを取りだし、レナに返した。レナは不思議そうに目をぱちくりさせた。

「大事なものなんだろ、ちゃんとしまってろ。俺みたいなごろつきに盗られないようにな。」

 ファリスは少し恥ずかしそうにそっぽを向いて言った。レナがにっこり笑った。

 

 海賊の一人がマストによじ登り、手際よく帆を降ろすと、ファリスに手信号で合図をした。ファリスはそれを受け頷く。

「風が止まっているのに、どうやって船を動かすの?」

 レナは率直に訊いた。バッツもそれには興味があった。舵はびくともしなかった。一体何がこの船の動力なのだろうか。ファリスは、ふふん、と嬉しそうにすると、舳先の方を向いて叫んだ。

「シルドラ!挨拶しな!」

 全員がその言葉に海の方を見た。一瞬、沈黙が流れた。その後すぐに、水面がにわかに盛り上がり、轟音とともに何かが海面から浮上してきた。船はその衝撃で大きく揺れ、バッツ達はバランスを崩し、甲板に倒れこんだ。

 浮上してきたのは、船体の半分ほどの大きさの巨大な海竜だった。顔はドラゴンのそれだが、首から下は甲羅のない亀のような身体つきをしている。体表面は美しい銀の鱗におおわれ、太陽の光を受けて薄紫にきらきらと輝いていた。

「すごい……」

 揺れる船上でレナが思わずつぶやいたとき、ファリスにシルドラと呼ばれた海竜は美しい声で鳴いた。ファリスは舳先に立つと、顔を近づけてきたシルドラの鱗を優しく撫でた。

「どうだい?俺はこいつと一緒に育ったんだ!兄弟みたいなもんさ、なぁ、シルドラ?」

 シルドラは幸せそうに目を細め、高い声で鳴いた。

「なるほど、海竜に船を引かせたというわけか。確かにこれなら、風が無くても船は走るのう。」

 ガラフが感心したように、豊かな髭をいじりながら言った。

「これで、風の神殿に行けるのね」

 嬉しそうに、しかしどこか不安げに、レナが言った。ファリスは大きく頷いた。

「行こう。……急いだ方がいいのかもしれない。」

 バッツは、自分の中の胸騒ぎが大きくなるのを感じていた。時間がない。バッツは直感的にそう思っていた。

「よし、出発だ!」

ファリスが高々と宣言すると、シルドラはゆっくりと海に身を沈めた。程なくして、船は風のない海原へと動き出し、降ろされただけの帆が不安げにぱたぱたと揺れていた。

つぶやくつぶやく

2010/04/06

勝手に小説化 FF5 vol.6

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 12:01 AM

「さて、どうしてやろうか、無法者のお客さんたち?」

 後ろ手を縛られた三人の前で、美しい紫の髪の青年が、にやりと悪そうな笑みを浮かべた。

 三人の潜入は失敗に終わった。海賊のアジトに忍び込み、海賊たちのミーティングの隙を狙って船に乗ったところまではよかった。しかし肝心の、風が無くても走る船の動かし方が判らなかったのである。錨をあげたにも関わらず、びくともしない舵の前でバッツ達三人がまごついている間に、海賊たちは異変を察知して戻ってきてしまい、多勢に無勢となった三人は大人しく降伏したのだった。

「俺の船を盗もうとは、随分と大胆なじゃないか。」

海賊たちのリーダーは、驚いたことに目の前でバッツ達を見ているこの青年だった。およそ海の男とは思えない華奢な体躯。脚はすらりと長く、船上で務まるのかと思うほどに細い腕。背もあまり高くない。そして何より、屈強な男たちの中で、という条件を差し引いても、青年は美しかった。男ばかりの船上でなく、街に出ていたなら、女たちが放っておかないだろう、とバッツは思った。青年は三人を値踏みするように見回した。

「そっちのじいさん、服だけは高く売れそうだ。で、そっちの兄ちゃんはダメだね。体は丈夫そうだし、どっかで働くかい?」

 若い首領の言葉に、手下の海賊たちはガハハと下品に笑った。バッツは青年をにらみ返してやった。青年はバッツに対抗するでもなくレナを見る。

「こっちの嬢ちゃんはよほどのいい生まれと見える。……いーいお値段になりそうだ。」

 青年は声色を使い、わざとレナを驚かすように言って見せた。しかしレナはお構いなしに青年に向き合い言った。

「私はタイクーンの王女レナ。勝手に船を動かそうとしたのは謝ります」

 きっぱりと言い放った。王女と聞いて、海賊たちの間にどよめきが走った。そして驚きはバッツとガラフにとっても同じだった。二人は思わず顔を合わせた。ただ一人、海賊の首領の青年だけがさっきよりも嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「お願い!船を貸して下さい!風の神殿に行かなければ……お父様が危ないの!」

 言ってレナはうなだれた。両手を縛られているため、顔を抑えることもできず、甲板に涙のしずくがぱたぱたと落ちた。しかし、青年は高らかに笑った。

「へぇっ!タイクーンの王女さまかい!こりゃあいい金になりそうだ!」

「やめろっ!レナに何かしてみろ、許さないぞ……!」

バッツは言いながらレナと青年の間に割って入った。

「おうおう、いきがるねぇ。こっちは船を盗もうとした不届き者から自分の財産を守ろうとしているだけだよ、『自称』王女様と、御一行様?」

 青年はやれやれとおどけてみせた。バッツは言い返せず、歯ぎしりして青年を睨みつけた。青年はそんなバッツを見返していたが、ふいに、青年の表情が厳しくなった。

「そもそも、だ。アンタたち海賊を勘違いしてるだろう?略奪で金や人を奪う野蛮人だとでも思っているんじゃないのかい?そうじゃなきゃ、わざわざ船を盗みに入ろうなんて思わないよな?」

 青年は三人を順番に見た。表情に僅かに怒りがこもっている。

「いいかい、ここいらじゃ海賊は海の番人だ。仕事はもっぱら商船や漁船の護衛、危険な怪物の討伐、荷物の運搬。海の上じゃ腕っぷしが商売になるんだ。逆に略奪なんてしてごらんよ。ここいらは内海だ、すぐに王国軍から討伐されちまう。」

 青年は続ける。

「俺達にしてみりゃ、野蛮なのはあんたたちの方だ。風の神殿に行きたい?おーう連れてってやるさ、あんたたちが『信頼できるお客様』ならね。適正料金でお連れしてやるよ。でもどうだい?うちの船を盗もうとするようなやつら、おいそれと船に乗せられるとでも?できっこないね!あんたたちは自分で自分の道を塞いだんだ。ザマァないね!」

 言いきって、三人を睨みつけた。バッツは何も言えず、ガラフも目を伏せて首を振っていた。バッツは自分の早とちりを悔しく思った。海賊は危険な集団であるという自分の先入観が、今の事態を招いたのだ。しばし、船の上に沈黙が続いた。

「でも……」

 静寂を破って口を開いたのはレナだった。

「でも、風の神殿に行きたいんです!勝手に船に乗ったことは謝ります!どうか!どうか……」

 そこまで言って、レナは甲板にがくりと膝をついた。

「お願い……」

 頭を垂れたレナの姿を見て、青年はふん、と鼻を鳴らすと、レナのが首にかけている鎖をすっと引いた。鎖の先にはペンダントがついていた。レナは困ったように青年を見つめたが、青年はそれを無視し、ペンダントを凝視した。

「このペンダントは……」

一瞬、訝しげな表情をし、手にとって物色するようにしばし眺める。しかし、やがて先ほどまでのように悪い笑みを浮かべると、ペンダントを懐にしまい、すぐに海賊たちの方に向き直った。レナには返事をせずに、海賊たちに指示を飛ばす。

「そいつらを牢にぶちこんどけ!服は着せたままでいいが、武器になりそうな物は奪っておきな!」

 そう言って、海賊たちがアイアイサーと敬礼すると、青年は船室に降りて行った。

 

 三人は両手の自由が利かないよう、さらに縄をかけられ、狭い部屋に閉じ込められた。青年は牢と言ったが、普段は荷物を積み込むためのスペースなのか、部屋には空の棚や箱が無造作に置かれている。

「まいったのー、いったい誰じゃ、船を盗もうなどと言いだしたやつは!」

ガラフは腕と両足を縛られたままでぴょんぴょんと船室を移動し、物色しながら文句を垂れていた。

「おいおいじいさん……あんただろ!」

「うっ!頭が痛い!き、記憶喪失じゃ……!」

 ガラフは急に倒れると、身体をくの字にして大げさに痛がった。

「まったく、都合のいい記憶喪失だな……」

 バッツは呆れたように言った。二人の掛け合いを聞いていたレナがくすりと笑ったのを聞いて、バッツは少し救われたような気がした。

「それにしても、驚いたな……レナがタイクーンの王女だったなんて……王女様がどうして一人で風の神殿に?」

 バッツがレナを見ると、レナはすまなそうな顔で頭を下げた。

「ごめんなさい、隠すつもりはなかったの……お父様が風の神殿に向かわれて、それからしばらくして風が止まったわ。何かよくないことが起ころうとしている気がして、でも、城のものは私が外に出ることを許さないでしょう。だから私、一人で城を抜け出して……そうしたら、空から隕石が降ってきたの。落下の時の衝撃で気を失っていたところに、あなたが……」

「なるほどねぇー」

 話を聞きながら、バッツも船室に横になった。

「さっきのペンダントは?」

「あれは、王家のペンダントなんです。……大切な……」

 言い淀んで、レナはじっと空中の一点を見つめた。

 

 すぐ隣の船室は船長である青年の一人部屋で、ベッドと机、簡単なテーブルが配置されたシンプルなつくりだった。青年は長い時間、先ほどレナから奪ったペンダントをじっと見つめていた。船室のランプの光を受けて、レナのペンダントの中心に据えられた紅い宝石がきらきら輝いていた。青年は随分長い間ペンダントを眺めていたが、ふいに立ち上がると、机の引き出しから光るものを取りだした。それは、青年がまだ幼かったころ、洋上で漂流していたところを海賊に助けられたときに握りしめていたペンダントだった。ペンダントは、レナの持っていたそれとうり二つだった。ただ一つ、青年のペンダントは、中心に紫の宝石を抱えていることが違いだった。二つのペンダントは青年の両手の内で、まるでお互いの再開を喜ぶかのように光っていた。

「なんだって、タイクーンの王女さまが、俺と同じペンダントを……」

 青年は、予想外の事態に戸惑いを隠せなかった。初めは、不届きな侵入者を叱りつけて、一晩程度船室に閉じ込めて脅かした後、街に近い海岸の適当なところで解放してやるつもりだった。海賊に対する無礼を働いたものに対するいつものお灸。それだけで済むはずだった。それが侵入者はタイクーンの王女を名乗り、その王女が持っていたのは自分と同じペンダントである。抱えた厄介の大きさに、青年は思わず大きな溜息をついた。 

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2010/03/11

勝手に小説化 FF5 vol.5

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:50 PM

三人の希望は、早くも打ち砕かれた。

三人がボコの背にのり山岳地帯を走り始めて十数分、三人の前にはとても昇れそうにない絶壁が広がっていた。バッツは溜息をついた。レナとガラフが居なかったとしてもとても登れそうにない。ボコは困ったように弱々しく鳴いた。

「こりゃ、万事休すかな……」

バッツが呟くと、ガラフは悲痛な面持ちで肩を竦めたが、レナは返事をせずにボコから降り、絶壁の方へ駆け寄った。そしてそのまま、あたりを探り始めた。バッツはどうにもならないだろうと思いながらも、あたりを探索するレナを止めなかった。

 そのまま数分が立った。ガラフもチョコボから降りて所在なさげに辺りを眺め、歩きまわっていた。バッツはボコの広い背中に横になり、空を眺めた。真っ青で、雲は動かない。いい陽気のはずなのに、どこか不安げで、風はやはりあれから一度も吹いてこない。

 このままこうしていても仕方ない。引き返して、風の神殿に至る別の道を探すしかない。そうバッツは考え身体を起こした。

「バッツ!ここ!」

 呼びかけようとして逆にレナから呼びかけられ、バッツは驚いた。ガラフと共に、レナが指すあたりへ近寄る。絶壁の足元に、かろうじて人が一人入れるくらいの小さな穴が見えた。

「こんなところに洞窟が……」

「さっきの地震で出来たんだ……」

バッツが答えた。

「ふむ……深そうじゃな。」

 ガラフが奥を覗き込んで言った。確かに、すぐ近くに行き止まりがあるとは思えないような深い闇が、奥から覗いていた。バッツは風の流れを確かめようと、指を口に含み――その行為に意味がないことを思い出して、小さく舌打ちした。

「私、中に入ってみる……」

レナが洞窟に入ろうとしたので、バッツはそれを手で制した。バッツは火種の用意があるが、レナにそれがあるとは思えない。もし底が深かった場合、レナでは危険だ。そう判断し、バッツは率先して洞窟へ身を滑らせた。

内部は幸いにも浅かった。洞窟特有のひんやりした空気がバッツの頬を撫でる。突然の来訪者に、蝙蝠が激しく羽音を立てた。バッツは片手で壁を辿り、もう一つの手で荷物の中から火種を探した。が、前方を確認し、バッツはすぐにそれを止めた。バッツはもときた道を戻り、レナ達が待つところまで戻った。

「どうだった?」

 レナが心配そうな顔で聞いた。

「どこかにつながっているみたいだ。中に……かがり火があった。」

「えっ?」

「ほう。」

バッツの報告を聞き、二人が意外そうな声を挙げた。

「このあたりには、地下道が通ってるのかね?」

ガラフが聞いたが、バッツは首を振った。

「いや、そんなはずはない。」

バッツはそもそも、三人が目指しているトゥールからタイクーン城に向かって移動している最中で隕石の落下に遭遇した。その際にバッツはあらかじめルートを入念に確認している。トゥールでは、こんな位置に地下道があるなどという情報は得られていなかった。

「でも、今ここ以外に道はないのですよね。」

レナが強い表情で聞いた。バッツが頷く。

「それなら、進むしかないのう。」

ガラフが言った。

「そうだな……ボコ、この先、お前の身体の大きさで無理にはいると危険だ。お前はここで待ってろ。」

 バッツがそう指示すると、ボコは敬礼するように前脚の羽を挙げてクェ!と返事をした。

 

 三人は順番に洞窟の中にもぐりこんだ。はじめはいびつな地形が続いていたが、洞窟内のかがり火の辺りで、足元は急に滑らかになった。三人はかがり火の近くまで来ると、あたりを見渡した。

「ふむ、人工的に作った洞窟に隕石が原因の地割れ偶然繋がった、といったところじゃな。」

 ガラフが言い、バッツが頷いた。

「でも、この地下道はなぜ?」

 レナが首を傾げる。

「さっきのゴブリンとかいう輩が人間に隠れて使っているということではないのか?」

「いや、それは無い。あいつらにそこまでの頭はないよ。」

 バッツはそう答えながら、ガラフが、子供でも知っているゴブリンをまるで知らないかのように話している事に違和感を覚えた。何も思い出せないとはいえ、そんな一般的な知識も忘れてしまったのだろうか?

「じゃあ、一体だれが……っ」

レナがそこまで言ったところで、バッツがレナの口を塞いだ。人の気配がしたためだった。ガラフも警戒したように、洞窟の奥の一点を凝視する。気配がまだ遠いことを確認すると、三人は適当な岩場を探し、そこに身体を隠した。程なくして、気配は小さな足音になり、その足音は段々と三人に近づいてきた。バッツは二人に動かぬよう目配せをし、足音がバッツたちの前を通り過ぎたのを確認してから、そっと岩場から顔をのぞかせた。

バッツが確認できたのは、人間、筋肉質な男の後ろ姿だった。男は壁の行き止まりの辺りで何かを探すようにきょろきょろと見回すと、やがてある一点に手を伸ばした。

重たい音が洞窟内に響き、さっきまで行き止まりだったところには新たな通路が出来ていた。男が通路に入ると、程なくして再び重たい音を立てて、通路は元の通り壁に阻まれた。

「なーるほど。」

 バッツはにやりと笑い、二人に向き直った。

「何者じゃ?」

「判らない。けど、まっとうなもんでもなさそうだな。山賊か、海賊か……おそらく、ここはやつらの隠れ家に通じる抜け穴みたいだ。」

 バッツの言葉を聞き、レナが不安そうな表情を見せた。

「今は関わりあいになるのはごめんだ。あいつが来た方に行ってみよう。」

 バッツがそう言うと、二人は頷き、三人は男が来た道を進んだ。

 

 しかし、三人はまたも行き止まりに到着した。洞窟の出口は広大な海だった。海の向こうにトゥールの街並みを、さらに遠くに風の神殿のかすかなシルエットを見て、三人はがっくりと肩を落とした。さすがに疲れたのか、レナがその場に腰をおろし、困ったように息を吐いた。

「さすがに、泳いで行くわけにはいかない距離だな、こりゃ……」

「おい、あれは!?」

バッツの言葉を遮るようにガラフが叫んだ。ガラフの指差した方を見て、バッツもレナも唖然とした。そこにはあり得ない光景があった。

帆船が海の上を優雅に走っていた。風が止まってしまった今、風の力を受けて走る帆船は動くことが不可能であるはずだ。事実、帆船は風の力では動いていないようだった。帆は張るのではなく、所属を示す図柄が見えるよう単に下げられ、船が進む力を受けてゆるやかに後ろになびいていた。

「あの船……風もないのにどうやって走ってるんだ?」

 バッツの率直な疑問に答えられるものは居なかった。

「でも、あの船があれば……」

 希望を得たように、強い口調でレナが呟いた。確かに、その仕組みはともかくとして、動く船さえあれば風の神殿には辿りつくことができるはずだった。

「さっきの道を逆にいってみよう。船の持ち主に会えるかも知れない。」

「穏やかな輩じゃといいがの。」

 豊かな顎鬚を整えながらガラフが皮肉っぽく言った。さっき三人が見た帆船の帆には、巨大な髑髏が描かれていたのだ。

「……お願いすれば、乗せてもらえないかしら?」

 レナがごく普通にそういったので、二人は驚いた。

「相手は海賊だぞ!?」

 バッツが言うと、レナはきょとんとしてバッツを見返した。

「ならば……こっそり、いただくとするかの。」

 ガラフがそういったので、バッツはさらに驚いた。

「じいさん、意外と大胆だな……」

 バッツの言葉に、ガラフは高々と笑った。三人は船を手に入れるべく、もと来た道を戻った。

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2010/02/28

勝手に小説化 FF5 vol.4

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 1:07 AM

 バッツとボコは山岳地帯を北上していた。ボコの強靭な脚は隕石の影響で複雑に隆起した地面を難なく駆けていく。しかしその足取りはいつになく乱暴だった。バッツは激しく揺さぶられ、必死でボコの首にしがみついていた。ボコはバッツを振り落とすかの如く身体を左右に振り、疾走していた。

「ボコッ!」

たまらずバッツが叫んだとき、ボコは急にブレーキをかけ立ち止った。反動でバッツはボコから振りおろされ、受け身はしたものの地面にしこたま体を打ちつけた。

「いててて……ボコ、急に止まるなよ!」

バッツはボコに言ったが、当のボコは悪びれる様子もなく、逆に威圧的な目でバッツを見下ろしていた。バッツは負けじと主人の貫録を見せつけるようにボコを睨みつける。

「なんだよその目は」

バッツが言うと、ボコは怒ったようにクエエッといななきながら羽をばたつかせた。そのしぐさから、バッツはボコが何を言いたいのかを悟った。バッツは大きく息を吐いて、遠くの空を見た。

「……じいさんに、女の子だもんな。」

ボコはバッツがガラフとレナと別れたのを見ていた。付近はゴブリンによる盗賊被害の多発地帯である。旅慣れた者でも警戒するこの山岳地帯で、老人と女性の二人旅は危険すぎた。それはバッツも十分承知していた。

 それでもバッツが二人と別れることを選択したのは、自身の内部にある妙な不安感の為だった。隕石が降ってきた瞬間にバッツの中に根付き、今もずっと残っている妙な不安感。バッツは心のどこかで危険の匂いを察知していた。あの得体の知れない二人と別れることによって不安が消えたならば、不安の原因はあの二人と考えることができると思っていたのだ。

 しかしその選択とは裏腹に、バッツの不安は二人と別れたあと、さらに大きくなった。だからバッツは二人が向かうと言っていた風の神殿を求め、ボコを駆っていたのだった。

「わかったよ、ボコ。さっきの二人を探そう。」

バッツがそう宣言したのを聞いて、ボコの目が嬉しそうに輝いた瞬間、遠くで地響きのような音がした。そして同時に、さっきの二人のかすかな悲鳴をバッツの耳は捉えていた。バッツはボコと顔を見合わせると、大きく頷いてボコの背にのり、音のした方へ駆けて行った。

 程なくして、バッツは前方に二人の人影を捉えた。服装から見てガラフとレナであるのは間違いない。二人は地面に倒れたまま動かなかった。バッツは舌打ちし、さらにボコにスピードを出すよう求めた。その時、バッツの視界の端で黒いものが動いた。

「ギィッ!!」

ゴブリン達が崖の上から飛び出してきていた。獲物を横取りされまいと、バッツに飛びかかる。バッツはそれを上体の動きでかわすと、まず先にレナ達のところへ急いだ。ボコから飛び降り、ボコに自分の背後を任せ、バッツは二人の容態を確認する。二人は気絶しているようだったが、頬を叩くと反応があった。どうやらゴブリンの仕掛けた何らかの罠にはまってしまったようだ。

二人の命に別状がないことを確認すると、バッツは辺りを見回した。4体のゴブリンが辺りを囲んでいた。バッツはボコと目配せし倒れている二人を守るように陣取り、腰の剣を抜いた。

 

レナは意識を取り戻すと、はっとして起き上がり辺りを見回した。レナの記憶は頭上の崖が崩れたところで途切れていた。今見ている景色は、記憶が途切れた瞬間とは違うものだった。どうやら、周りに危険はないらしい。何が起こったのかレナには判らなかったが、自分が命を失っていないことに感謝した。隣にはガラフが倒れていた。ガラフの胸は静かに上下しており、生きていることが判るとレナは小さく息をついた。

「よう」

頭上から声が聞こえ、レナはそちらを見た。逆光でよく見えないが、大岩の上に人影があった。人影は岩から飛び降りると、レナに駆け寄った。少し遅れて、ボコがばさばさと羽を散らしながら降りてきた。

「バッツ!!」

バッツの姿を見て、レナはここまでに何があったかを理解した。

「ごめんなさい。」

二度も命を助けてくれた恩人に、レナは深々と頭を下げた。

「おいおい、よせよ」

バッツは笑いながら両手を振った。それからバッツは反対側に向き直ると、遠くを指差した。山の向こうに塔や建物の屋根が見えた。レナたちが目指していた風の神殿へ向かう道の途中に位置する街、トゥールのものだろう。

「隕石が落ちた時のショックであちこち崖崩れや地割れがおきてる。トゥールに通じていた道も塞がっちまってた……」

バッツはそう言って肩をすくめた。

「それでも私は、風の神殿に行かないと……」

レナはそう言って、胸の前でぎゅっとこぶしを固めた。バッツは一瞬、その強く、気高いまなざしに見とれた。

「う……」

うめき声がして、バッツとレナはガラフの方に向き直った。ガラフは何やら苦しそうに胸を掻いている。

「風の神殿に……急がなくては……」

無意識のまま、呻くようにガラフはつぶやいた。

「このじいさんも、風の神殿か……」

バッツは溜息をついた。そのまま少し、バッツは目を閉じて考えた。まぶたの裏に浮かぶのは、父の姿だった。

 

 バッツの父、ドルガン・クラウザーは旅人だった。しょっちゅう家を空けては、数か月から一年の後にふらりと帰ってきた。それゆえ、バッツの幼いころの記憶に父の姿はほとんどなかった。バッツの母ステラは、厳しい父と優しい母の役割を両立したいい母親だった。

 バッツが物心つくころ、帰宅していたドルガンと、幼いバッツの前で母は逝った。病気だった。母は最期に二人を笑顔で見つめ「愛している」と言った。母の墓の前で、父は懺悔するように両手を固く結んで静かに泣いていた。まだ死の意味すら良く分かっていなかったバッツはどうしていいか判らず、母の不在にただただ声をあげて泣いていた。

 現在から三年前、ドルガンが亡くなるまでバッツはドルガンと共に旅をした。ドルガンはバッツに生き残るための知恵を教えた。父とは度々対立することもあったが、年に一度は必ず母の墓参りに故郷へ戻り「仲良くやっている」と報告した。

 三年前、ドルガンは亡くなる前に、バッツに「世界を旅して見て回れ」と伝えた。父はいつも何かを探していた。何かを恐れているようにも見えた。父が何を求め旅しているのか訊いた時、「二十歳になれば教える」と言われ、しかし結局バッツはそれを知る前に父と別れることとなった。そして今、バッツは父の教えに従い、相棒のボコと共に世界を回っていた。母の隣で眠る父は、今この場面ならどうするだろう。

 

「やっぱり、俺も行くぜ」

目を開けて、バッツはそう答えた。レナの瞳が明るく輝いた。

「親父の遺言なんだ。『世界を旅して見てまわれ』。それに……風が呼んでる」

レナが嬉しそうに笑う。バッツは、それを見て自分の心の中の不安が軽くなったのを感じた。おそらく、自分もまた風の神殿に向かわなくてはいけない。バッツはそう判断した。

「とかなんとか言って、本当はこの子にホの字じゃないのかい?」

茶化すような声が背後から聞こえ、バッツとレナは驚いて振り向いた。ガラフがニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。

「じいさん!気がついてたのか?」

「あったりまえよ!」

ガラフは飛び起きると、無事をアピールするように力こぶを作って見せた。レナが安堵するように笑い、バッツも呆れて笑みがこぼれた。

「しかし、道はふさがれてしまったぞ……」

急にガラフはまじめな顔になり、隕石の落下が原因の崖崩れで埋まった街道を見やった。三人は黙り込んでしまう。風の神殿に行くには街道を抜けるか、そうでなければ海を越えるしかないが、風が止まり、道が塞がった今、神殿への道は断たれていた。

「でも……行かなくちゃ!」

レナは力強く、明るい笑顔で言った。

「そうだな。行こうぜ!」

バッツもつられて笑顔になり答える。ガラフも大きく頷く。ボコが嬉しそうに羽をバタつかせた。今はとにかく前に進むことが重要だった。三人と一匹は、希望を求めて山岳地帯を進んでいった。

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2009/11/07

勝手に小説化 FF5 vol.3

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:58 PM

 風が静止した森の中で、チョコボに乗った青年は周囲を注意深く観察していた。明らかな異常事態であるが、森そのものに異変はなかった。虫の声、鳥の声は変わらず聞こえており、魔物が近づいている様子もない。青年が困惑しつつも、チョコボを駆ろうとしたとき、鳥たちがにわかに騒ぎ出した。続いて、空気の揺れる感覚。瞬間、陽光がさえぎられ、青年は空を見た。

 巨大な物体が、青年の頭上を通り過ぎた。岩石のような、鈍い色をしたその物体は、木々の向こうに消えていった。ほどなくして、物体が地上に落ちたのか、大地がけたたましい咆哮を挙げ、遅れて地面が大きく揺れた。

「ボコ!」

 青年が叫ぶと、ボコはクエエッ!と力強く返事をした。くすぶっている焚き火に後ろ脚で砂をかけ始末をして、ボコは震源に向かって走り出した。

 

 物体が落下したのはタイクーン城にほど近い森の中だった。どうやら非常に大きな岩石――隕石のようなものらしく、遠くからでもその無骨な外見を確認することができた。落下時に地面を大きくえぐったらしく、落下した隕石付近では木々がめちゃめちゃに散乱してタイクーン城への道をふさいでいる。ボコが前進を戸惑うのを見て、青年はボコから飛び降りた。

「ボコ、おまえはここで待ってろ。」

 言うと、青年は倒れた巨木の壁面を登った。ボコは片方の翼を敬礼するように挙げ、青年を見送った。

「……すごいな」

 巨木を登り切り、全貌を現した眼前の隕石を見て青年は呟いた。城までとはいわずとも、富豪が住むような邸宅程の大きさだった。青年は思わず身震いした。長いこと旅を続けているが、こんな情景に出くわしたことはない。今すぐ隕石から離れるべきか、それとも近づいて調べてみるか。好奇心と不安の間で惑っていると、眼下を何かが動くのが見えた。

 それは、小さな人間のような魔物、ゴブリンだった。土気色をした痩せた手足に、醜悪な老婆のような顔をしていて、力ない者や動物を集団で襲う。ゴブリンは2体、隕石の近くを連れだって歩いている。何かを運んでいるようだった。青年は目を凝らした。

 ゴブリン達が運んでいるのは、人間の女性だった。気を失っているのか、抵抗している様子はない。青年は腰に下げた幅広の剣を抜くと、巨木から飛び降り、ゴブリンたちに向かって駆けた。

「ギッ!!」

 ゴブリンの一匹が青年に気づき、相棒に合図を送る。しかしそれより早く、青年はゴブリンの隙を捕えていた。しかし、青年の剣は生物を骨ごと断つほどには上等ではない。青年は剣の峰でゴブリンの頭部を思い切り殴った。殴られたゴブリンは回転しながら吹き飛び、そのままぐったり動かなくなった。青年は残ったもう一匹を睨みつける。ゴブリンは最初戸惑ったように青年と相棒とをきょろきょろ見ていたが、やがて女性を置いて一目散に逃げ出した。

 青年は一息つくと、女性に駆け寄った。口元に耳を近づけると、小さな呼吸音が聞こえた。青年は女性の肩を揺すった。女性は呻くような声を挙げて、それからうっすらと目を開けた。

「だいじょうぶか?」

 青年は女性の顔を覗き込む。女性は最初何が起こったかわからなかったようだが、やがて意識がはっきりしてきたのか、自分で立ち上がった。

「ええ……」

 女性はあたりを見回した。近くにゴブリンが倒れているのを見ると、女性は自分が青年に助けられたことを悟ったのか、深々と頭を下げた。

「危ないところでした。ありがとうございます。私は……レナと申します。あなたのお名前は……?」

 丁寧な仕草に、青年は少し戸惑った。

「俺はバッツ。礼はいいよ。チョコボと一緒にあてのない旅をしてるんでね。たまたま通りがかっただけさ。」

「バッツさん……いえ、あなたがいなければどうなっていたことか。本当にありがとうございます。」

 レナはもう一度深々と頭を下げた。バッツは丁寧すぎる仕草にむずがゆい気分になり、頭を掻いた。おそらく、レナはいい身分の人間なのだろう。礼義に加え、着ている服装も、そこらの庶民ではおよそ手に入れることができないもののようだった。レナはそのまま隕石の方に向き直り、不安そうにそれを眺めた。

「これが突然空から降ってきて、爆風で吹き飛ばされて、気を失って……」

「隕石か?」

バッツも隕石の方を見た。近くに来ると、改めてその巨大さがわかる。もしも、昨晩自分が野宿に選んだ場所がこの森だったらとバッツは恐ろしい気分になった。

「隕石……風が止まったのと、何か関係が……?」

レナはつぶやき、しばしの間考えると、顔をあげてバッツに向き直る。

「本当に、ありがとうございます。何かお礼をしたいのですけど、急がなくてはならないの……」

 そういって、レナはその場を去ろうとした。バッツは思わずレナを追いかけていた。

「おいおい、ちょっと待てよ」

 バッツは訳がわからなくなっていた。止まったままの風、落下した隕石、そしてレナという少女。何が起こっているのか知りたかったのだ。声をかけられてレナは振りむく。

「一体何が起こっているんだ?風といい隕石といい……あんたと何か関係があるのか?」

「待って」

 レナはバッツの言葉を遮ると、辺りを見回した。

「……何か、聞こえない?」

「えっ?」

 レナのペースに戸惑いながらも、バッツは辺りに耳をすませた。どこかから、人の呻くような声が聞こえた。バッツは警戒し、いつでも構えられるように腰の剣に手をかけた。

「う……助けてくれ……」

 うめき声が確かにそう言ったので、バッツとレナは一瞬顔を見合わせ、声の聞こえた方へ走った。隕石になぎ倒された巨木の下に、壮年の男性の姿があった。

「大変!大丈夫ですか!?」

 レナが男性に駆け寄る。男性は足を挟まれているようだった。バッツは辺りの手頃な枝を手に取ると、巨木との間に差し込み、思い切り体重をかけてこの要領で巨木を浮かせた。男性はレナの助けを経て這うように抜け出ると、地面に仰向けになって大きく安堵の息をついた。

「ここは……どこじゃ?あいたたた……頭を打ったようじゃ。」

 言って男性が自身の頭を探る。レナは心配そうに見ていたが、バッツは男性に警戒の目を向けていた。

 年の程は60前後とみえ、たくわえた顎髭には年季が感じられる。体つきははっきりとはわからないが、武術の心得があるようだ。何よりもバッツが注目したのはその異質な服装だった。素材は少々高級なもののように見えるが、そのデザインはこれまでバッツが旅をしてみてきたどの国のものとも違うものだった。なぜこのような人気のない森の中に一人で、しかも隕石のすぐ近くにこの男性は倒れているのか。バッツが考えていると、男性がむっくりと起き上がった。男性は考え込むような表情をした後、辺りを見回して、もう一度考え込むように俯く。

「ありゃりゃ……どうしたんじゃ……?思い出せん。……何も思い出せんぞ?」

 バッツは男性の様子を警戒のまなざしで眺めていたが、嘘をついているようにも思えなかった。レナは心配そうに男性を見つめている。

「頭を打って……まさか記憶喪失に?」

「本当に何も思い出せないんですか?」

二人が男性に聞くと、男性は困ったような表情をした。

「うーむ……頭の中に霞がかかったようじゃ……このガラフ、なんたる不覚……お?」

 男性の顔がぱっと明るくなった。

「そうじゃ、わしの名前はガラフじゃ!」

 ガラフと名乗った男性は、うれしそうに言った。

「ほかには?何か思い出せそうですか?」

 レナもうれしそうに聞く。ガラフはそのあと、一生懸命何かを考えているようだったが、やがて肩をすくめ、首を振った。

「だめじゃ……名前以外のことは何も思い出せんぞ……」

「またそのうちに、何かのきっかけで思いだすかも知れないんじゃないか?」

 バッツが言うと、ガラフは急にまじめな表情になった。

「いや、わしは思い出さねばならん。それは判るのじゃ。わしにはしなくてはならんことがあったはずじゃ。」

 しなくてはならないこと、と聞いて、レナははっとした表情になった。

「そうだ、私も行かなきゃ……バッツさん、助けてくれて本当にありがとうございました。ガラフさん、力になれなくてごめんなさい。でも、急がなくてはならないの……」

「どこに行くんだ?」

バッツが聞くと、レナは遠くの方を見た。

「風の神殿に……」

そこまで聞いて、ガラフがはっとした表情になる。「風の神殿!……そうじゃ、わしもそこに行かなければならなかった気がするぞい!!わしも行くぞ!」

「でも、そのお体では……」

 レナは心配そうにガラフを見た。確かに、ガラフには巨木に挟まれたときにできたらしい傷がいくつもあった。額には乾いた血糊が垂れ、服の一部は赤黒く染まっている。

「行かねばならんのだ、連れて行ってくれ!!」

 ガラフの表情は真剣だった。レナはしばらく考えたあと、決心したように頷いた。それからバッツの方に向き直る。

「バッツさん、あなたは……」

「俺は……」

 言いながらバッツは考える。早すぎる展開に頭がついていっていなかった。風の停止、隕石の落下、少女と記憶喪失の老人、そして突然現れた風の神殿というキーワード。好奇心と猜疑心の間でバッツは悩み、そして僅かに後者が勝った。

「旅を続ける。」

「そうですか……」レナは少しさみしそうに言った。「どうもありがとう。さよなら。」

「さらばじゃ!」

ガラフとレナは、森の出口へと走って行った。バッツは二人を見送ると、ボコの待つ森の入口へ向かった。風は、あの時からまだ一度も吹いてこない。

つぶやくつぶやく

2009/08/25

勝手に小説化 FF5 vol.2

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 6:52 AM

青年は頬に触れる慣れた感触でうっすらと目を開けた。木々の間から差し込む日が高い。どうやら、今は昼のようだ。まぶしさに耐えかねて顔を横に向けると、見慣れた瞳がこちらを見ていた。

彼の頬に触れたのは、チョコボの嘴だった。チョコボは巨大な鳥のような姿をしており、強靭な足腰で大地をかける生物である。比較的調教がしやすく、陸路で旅をする者たちには移動手段として好まれている。体は太陽の光を受けて金色に輝く美しい羽毛で覆われており、非常に硬く尖った嘴を持っている。チョコボにとって嘴は武器と誇りであり、いかに人に慣れたチョコボとはいえ、青年にしたように嘴を使った愛情表現をすることはまずない。このことから、青年とこのチョコボがいかに固い絆で結ばれているかが判る。

「わかったよ。ボコ、そろそろ行こうか。」

 青年は、ボコと呼ばれたチョコボの訴えるような眼をみて言うと、大きく伸びをして起き上った。眠気覚ましに近くの川で水筒に汲んでおいた水を頭からかぶり、昨日の夜に魔物よけにたいておいた焚火の始末をすると、青年はボコに跨った。首のあたりを撫でてやり、さあ行こう、と口に出そうとしたところで、青年ははっとした表情であたりを見回した。

 静寂。

「風が……止まった?」

 それまで木々をざわめつかせていた風が、ぴったりと止んでいた。

 

 タイクーン王は、老いた体に鞭を打って神殿の内部を駆けた。いくつもの石段を昇り、ぜいぜいと肩で息をしながら最後の扉の前に立つと、手に魔力を込めて扉に触れた。

 風の神殿は、タイクーン城から海をはさんで北に位置する、タイクーン城よりも古い遺跡である。神殿には魔術による封印が施されており、タイクーン王の血統のみが知る秘術によってしかその扉をあけることはできない。扉はタイクーン王の魔力を受け鈍く輝くと、重々しい音を立てて開きだす。扉が開ききる前に、タイクーン王はその内部へと飛び込んだ。

 扉の内部は、広い空間になっていた。タイクーン王自身も生れてより数度しか入ったことがないこの部屋には、この世界のあらゆる事象を司ると言われている神の物質、クリスタルが安置されている。

 タイクーン王はクリスタルの台座に駆け寄ると、安堵の息をついた。台座にはクリスタルが安置され、優しい光をたたえていた。どこにもおかしな所はない。王は一度はゆるめた表情をもう一度引き締めると、クリスタルが置かれている台座の計器を調べ始める。

 

 クリスタルとは、この大地に人間が根付く前から存在していると言われる神秘の物質である。巨大な水晶のような外見でクリスタルと呼ばれ、その正体が何であるのかは解っていないが、長年に積み重ねられた知識によって、クリスタルは自然の力の根源であることがわかっている。世界には4つのクリスタルがあり、それぞれが大地、風、炎、水の力を内包している。ここ風の神殿には風のクリスタルが置かれており、世界中を吹く風はこのクリスタルによってもたらされていると考えられている。

 そして近年ではさらに研究が進み、自然災害の抑止などを狙ってこのクリスタルの力をコントロールしようという試みがなされていた。その成果がクリスタルの置かれている台座である。台座に接続された装置によって、人々はついにクリスタルをその支配下に置くことに成功した。

 自然の力を支配しようなどと人間が考えるものではない、と訴えるものも少なくなかった。しかし事実、この装置の開発により自然災害は激減した。次第に、クリスタルを人間が支配することに反対する者は減っていった。

 

 タイクーン王は一通り装置を調べたが、特に普段と異なる所はなかった。心に一抹の不安を残しつつも、王は一度城へ戻るべく、台座に背を向け歩きだした。しかしその瞬間、クリスタルの間に不穏な気配が生じた。タイクーン王はそれを敏感に察知し、クリスタルに向き直る。そして驚愕し、思わず声を上げた。

「なにっ!?」

 クリスタルの中心に、小さな亀裂が走っていた。そしてそれは徐々に広がり、王がクリスタルに駆け寄り手を伸ばした瞬間–タイクーンの風のクリスタルは砕け散り、四散した。

つぶやくつぶやく

2009/07/15

勝手に小説化 FF5 vol.1

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:42 PM

 タイクーン城。風の加護を受ける地域を統べるこの城の頂には、荘厳な作りの城には少々不似合いの、巨大な鋼鉄製のケージがあった。

ケージの中には鋭い瞳を持つ竜が体を横たえている。彼らは飛竜といい、その名の通り広大な空を自らの翼で舞う、空の王者だった。だった、と過去の形を用いたのは、彼らが空の覇権を握っていたのが遠い昔のことだったからである。彼らは、大空が彼らだけの庭だった遠い昔から少しずつ数を減らし、そして今では、タイクーン城に住まう彼がこの世界に残る最後の飛竜となってしまっていた。

そのケージが開き、飛竜の主と思われるローブの男性がケージに入る。飛竜はその背にかけられた鞍に主の重みを感じ、のっそりとケージから出ると、力強く翼を広げ、空に向かってケエエッ!と力強く啼いた。

「よし、いいぞ。風の神殿だ、時間がない。」

 飛竜の背にまたがった主–タイクーンの王は、緊迫した表情で、しかし優しい声で言った。飛竜は命を受け、飛び立つために両の肢に力をこめた。

「お父様!」

背後から呼ぶ声が聞こえ、王は飛竜を留まらせた。

「レナか。」

 レナと呼ばれた若い女性は、息を切らせて駆け寄ってきた。飛竜が無垢な瞳を彼女に向ける。レナが飛竜に優しく微笑むと、飛竜は愛情を示す高い声で応えた。

「どうしても行かれるのですか?」

 レナは父に向き直ると、心配そうな顔で訊いた。タイクーン王は、険しい表情になった。

「レナ、お前は城を守るのだ。決して追ってきてはならぬぞ。」

「でも……」

レナは何かを言いかけたが、父の瞳に制され口をつぐんだ。父は眼下に見える大地に視線を向ける。

「風の様子がおかしい。私は風の神殿のクリスタルの所へ行かねばならぬ。」

「ええ……わかります。」

 言ってレナも眼下の木々を見つめた。その葉は普段と同じように風にそよいでいるが、レナが知っているものと何かが違った。言葉では形容しがたい力、自然の持つ力強さが失われている感覚。それは、タイクーン王よりも若く、魔術の才に溢れたレナがより強く感じていた。

「でも、おひとりでは……」

「急がねばならぬ。あれの扉は私が行かなくては開かない。心配するな。皆は後から来てもらうことになっている。」

そう言って王は微笑んだ。レナはまだ何か言いたそうだったが、それを飲み込み、不安そうな顔で頷いた。その表情を確認し、王は鞍の側面を蹴った。飛竜が大きく翼を広げ、一啼きすると、ゆっくりと空へと昇った。

「お気をつけて……」

 レナがそう言ったのを聞いて、王は片手を軽く挙げた。レナは、遠くなる飛竜の姿をじっと見つめていた。風が、レナの紅い髪を力なくなぜた。

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2009/07/11

勝手に小説化 FF5 vol.0

Filed under: 勝手に小説化FF5,連載 — ksk @ 11:25 AM

ファイナルファンタジーⅤをノベライズすることに挑戦してみます。
ゆっくりでも完結させられるといいなと思います。
加筆・修正等は随時。

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 ムーアの大森林。大地の何分の一かを占めるこの広大な森林は、人を拒む固い意志をもった賢樹たちによって成っている。賢樹たち、と書くが、彼らは多数の木々であると同時に、ひとつの意思を共有した巨大な融合体であり、中枢に樹齢一万年を超す「大賢樹」を置く一大情報ネットワークシステムである。

 大森林の木々は苗木のときから徐々に根を大地に、葉を空に張り巡らせ、世界中の情報を風と大地と水から取り込む。情報はすべて大賢樹に送られ、それらが選択と整理の後、再びすべての木々に行きわたる。いつしか木々は成長とともに、その意識を大賢樹と同調させ、ついには融合を果たす。

 人間はまずこの大森林に入ることができない。生い茂る植物が道を阻み、無理に切り倒そうとすると災難が降りかかる。近隣の村の人間はそれを知っているからこそ森に分け入ろうとはしない。あるとき遠方から訪れた木こりが「お宝の山だ」と森に割って入ろうとしたときには、体中を殺人蜂の針で膨らせて森の入口に転がった。木々は人間という存在を、情報ネットワークのノイズとして頑なに拒んでいる。それは大賢樹の意思で、同時に森全体の意思である。

 この森に生まれた一本の苗木があった。彼–あるいは彼女なのかもしれないが、便宜的に彼と呼ぼう。彼もまたムーアの大森林に根を下ろす一本の若いネットワーク末端にすぎなかったが、彼はたまたま、大森林の最も外側にその命を芽吹かせた。そのことは彼がほかの木々に遮られずに、自分の根や葉を外界に向けて伸ばすことを可能にした。好奇心の強かった彼は、大賢樹のネットワークに同化するより前に、自身で情報を得て、自身でそれを吟味するようになった。彼は積極的に外界の情報を、特に近隣に住む人間たちの情報を取り入れた。

 そして次第に彼は狡猾さを増した。表向き大賢樹のネットワークに同化するように見せかけ、その実自分に興味のある情報は自分の元に取り置いた。大賢樹が情報選定の際に取り除く「感情」の情報を、彼は積極的に取り入れ、愉しんだ。

 だから彼は、他のどの木々たちよりも大森林の外界、ことに人間たちの情報に長けていた。世の中にどんな善があり、そして悪があるのか、ずっと年上の木々よりもよく知っていた。木々はそんな彼を良くは思っていなかった。しかし、若気の至りと強く気にも留めなかった。彼は学んだ。根と葉から送られる賢樹たちの知識も、人間たちの知識と心も。

 あるとき、彼の中に小さな情報が飛び込んだ。彼の伸ばした根と枝のネットワークがつかんだ、彼だけに影響した小さな感情の情報。今となってはその感情が何だったのかを知る者はいないが、この小さな情報が、彼と、そして世界を取り巻く大きな物語を作る最初の一歩だった。彼はその情報を吸収し、そしてほかのどの樹にも渡さなかった。その情報は彼の中で次第に大きさと強さを増し、そして彼もそれを受け入れた。

 そこに彼の誤算があった。これまで、彼がとりこんできたすべての情報は、意思を持ってはいなかった。彼にとって情報は従順で、選択される対象にすぎないものだった。しかし、このとき彼が取り込んだ情報は、大森林における彼自身の如く、その内部に自律した意思を隠していた。だんだんとその情報が彼を支配し、彼という存在を塗り替えていく。彼は次第に自分が侵され、消えていく恐怖にとらわれた。そこで初めて、彼はほかの木々に助けを求めた。

 彼に起こった事態を知った大賢樹とった手段は、彼の追放だった。彼を森のネットワークから外し、被害を最小限に抑える。このことは、これまでにも森のある樹木が病んだときには行ってきた手法で、そして森のすべての木々には、追放される覚悟が備わっていた。融合しひとつになったネットワークにおいて、自分が滅することで森が生き残ることは、すなわち自分が生き残ることと同義である。この「切り離し」は大森林の最大限の優しさであった。

 しかし彼は元よりネットワークには参加しているように見せかけていたにすぎない。彼にとって追放されることは生存ではなく滅亡であった。十分に人間の感情を吸収した彼は、大森林がとった彼の滅亡という選択に大いに苦しんだ。そして、いつしか彼は、まるで人間が誰かを逆恨みをするように、自分を追放する選択をした大森林を憎むようになった。

 彼を蝕んでいた情報は、彼のこの憎しみにすかさず付け入った。情報は彼に森への復讐を果たす自律と自我を提供し、そして彼はそれを手に入れる代わりに情報の望みを果たすことを約束した。約束が果たされたとき、彼はもう彼ではなくなっていた。彼を塗り替えた情報と一つになり、全く新たな存在となった。自律を得て、情報の持つエネルギーを取り込み、自身の体さえ自由に変化できるようになった彼は、分が復讐を果たすにはまだ力が足りず、知識も足りないと考えて、まずはじめに森を飛び出した。

彼は数百年の後、自らを「エクスデス」–死を超えるものと名乗り、自身の求める力として「無」にたどりつくことになる。しかし彼は、それが彼自身を蝕んだ情報によってもたらされた意図的な帰結であったことに、永遠に気づくことはできなかった。

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