ちょい古い話ですが、かんなぎというマンガの女性キャラが、
過去に恋人がいたという設定が明らかになり、
読者(の一部)が激怒したという事件があったようです。
事件っていうほどでもないか。
似たような事件はずいぶん昔のPCゲーム
「下級生2」というゲームのヒロインが処女ではない設定に
激怒した購入者がディスクを割って販売元に返すっていう
こともあったのだとか。
…すごいですね。(笑)
さてー、マンガやゲーム作品ですらそこまで盛り上がれる
その想像力には賞賛せざるを得ない幹事ではございますが、
実際問題として「処女」じゃなきゃいけないんでしょうか?
いけないんだと思います。
…と、女性の前で言ったらひっぱたかれそうなことを
書いているのは、むしろ概念として上に出てるような
処女性を重んじることをどうこう言う、っていう感覚が
あるっていう事実そのものが、処女性について
重要とか重要じゃないとかっていう選択じゃなくて
なんで重要だと思うのかっていう話をしなきゃいけない、
そーいうことだと思うんです。
なので、そう考えてみる思考実験をするわけです。
その足がかりは「なぜ処女である必要があるのか」。
ここに立たないとわけがわかんないので。
で、ちょっとググってみると、過去日本って別に
処女信仰はなかったみたいなんですね。
キリスト教的な観念らしくて、それが入ってきてる、とか。
で、キリスト教の方を見てみると、処女信仰は神に向けたものとか、
そっちも色々あるのでどうもややこしい。
で、もうちょいシンプルな考えにしてみました。
処女性に通じるのは当然性交渉なわけですが、
性交渉に関わってついてくるのが次世代の養育。
こっちで切ってみる。
過去の日本において、処女性が重視されなかったことを、
処女性と次世代の養育がリンクしてないことに求めてみる。
つまり、処女だろうがそうじゃなかろうが、
次世代の出産→養育まで問題なく行われるので、
前のパートナーの子供が生まれるとかじゃなければ問題がない。
当時は離婚のデメリットも、現在より大きかったと思うので
(イエの風習とか色々めんどくさいしね)
とにかく結婚さえしていれば安泰だ、ってな感じだったのではないか。
で、現代の日本においてはどうかというと、
処女が好まれているというよりかは、
非処女とカップリングすることに対する危険性の増加ほうを
極度に忌避しているのが日本の処女信仰に繋がってるんじゃないかと。
つまり、離婚という手段が一般化してくることによって、
結婚しても離婚するかもしれない前例がある
→次世代の出産と養育にトラブルが発生する可能性がある
という、相対的なマイナスのほうを見ているのかなーと。
(もちろん、処女にその可能性がないわけではないのだが…)
じゃあなんで男性は童貞じゃなくてもいいんですか!となってくるんですが、
そうすると今度は男性には妊娠期間の概念がないこと、
それに関わる養育の資本をどっちが得るかっていうこと、
生物学的に見て魅力が高いほうが次世代がその次の世代を
残せる確率が高くなってくると考えられること、
色々理由付けは出来るんですけれどもね。
でも、そのパワーバランスも歴史とともに動いてるので、
そのうち女性が働いて男性が家事をする率が高まったら
童貞信仰が出てくるかもしれないよね。
どうも、処女信仰に童貞の僻みみたいなそういう
変な説明以外のものが出てこないからちょっと考えてみたのでした。
こういうのって集合現象として考えると、次世代の出産と養育を
キーワードにすると結構考えやすい気がするんですよ。
でも、童貞の僻みっていう説もあながち侮れなくて、
高齢で童貞であるということは、カップリングに必要な能力が低い
→次世代を残す機会に恵まれない、ということですよね。
ちうことは、非処女である=破局という可能性がありうる相手、を選ぶのは
そもそもリスクの高い選択なんですよね。
それならそのリスクが少しでも少ない選択をするとなると、
処女=より魅力の高い相手が現れても添い遂げてもらえる可能性、
を重視して選択してると考えたら結構話が通るんじゃないかなー。
人間だと要因が深すぎてわけわかんなくなるな…