2010/05/31

雑記0531 音楽

Filed under: 雑記 — ksk @ 7:26 PM

今日は一日お休みを取りました。
今年度の目標は有給20日を全消化することです。

というと、なぜか腹を立てる人も居そうなんですが、
担当業務が個人レベルでバッサリ切られていて、
同じ部署でも他の人の仕事を
にわか仕込みで担当することが非常に難しく、
自分の担当業務を片づければ「やることがなくなる」
ということによって上記の目標の成立条件が成り立ってます。
この条件は僕にとっては今のところ有効に活用できるので、
最大限利用して創作活動その他に充てさせていただきます。

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ツタヤに行ったら、新劇場版ドラえもんの映画BGMサントラを発見。
前にDVDで焼き直しシリーズを見ていた時に
BGMの良さに驚いた事があったので迷わずレンタル。
ずっとCDで聞きたいと思ってたので嬉しかったです。

ドラえもんというと以前の声優陣の頃の、
お決まりのBGMがイメージされますが、
新劇場版ドラえもんのBGMはオケ物。とてもよいです。
あと、新劇場版は僕はこれはこれで好きです。
焼き直し映画版しか見てないけど。

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楽器の練習。前より自分の求める音に
すこーしずつ近づけてる気がする。
でもやっぱり、まだ生活の一部になるくらいには
練習ができていないので、そこをどうにかしないと。
とにかく蓄積をしないとだめですね。

後は、最近ようやく意識するようになってきた
合奏用の音という概念をもう少し突き詰めていきたいです。
とにかく基本的な事をもっと詰めていかないと。

で、弦バスの弦を2007年くらいからもうずっと代えてないんですが
これ代えたらどうなるんだろう。弾きやすくなるんだろうか。
もう少しお金が出来たらちゃんと弦を買おうか。

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ピースウォーカーは作業感が増してきたのでそろそろ離脱見込み。
後は他人とco-opsするくらいでいいかな。
他のゲームをしましょうかね。
もしくはゲームからしばらく離れるか。

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今まで見ようとしていなかった問題が顕在化。
しかも、決定的な解決は難しいと思う。
ちょっと腰を上げようかなーなんて思ったりしています。
…がんばろう。

上手くなりたいなぁ。

つぶやくつぶやく

正義感という過ち

Filed under: コラム — ksk @ 8:35 AM

友人の日記で見たmixiコミュニティの「オーケストラ」を見ました。
なんだか、高校生くらいの人が自分を指揮者にしたオケを立ち上げようとして、

・高校生ってmixiではコミュニティに参加できない
・バックボーン何もなしに指揮者は考えられない

…とかとか、そういう色んな事のもとに批判を受ける、
っていう状況になってます。
内容については書いてもしょうがないと思うので記述いたしません。

一般的な匿名性のある2chや
ブログのコメント欄のような荒れ方はしてません。
が、トピックス全体としての文字量に対して、
展開されている内容の客観的な情報の価値はとても小さい。

以前、こういう非匿名性ウェブサイトの
管理業務をしていたんですが、
当該トピックスのように、それぞれが思った事を
書いていく方法になってしまうと、もう中身の文章とかそういうのは
たとえそれ単体がどんなに意味を内包していたとしても、
トピックス全体で見て価値は極端に小さくなります。

トピックスが実質的な意味で「このオケの立ち上げが絶望的」
という段階に来ているにも関わらず、
また規約関係と思われるトピックス主の退場にも関わらず
このトピックスは書き込みの応酬が続いてるわけです。
それを動かしている一つの非常に厄介なものに「正義感」
みたいな一見プラスの動機があります。

「正義感」は人が厄介な行動をする場合に
背中を後押しする最強の感情です。
なぜなら動機の根っこがプラスの感情だから、
理由づけとして非常に強固なんです。
「正義感でやってる自分が間違ってるわけない」
と考えるとは言わずとも、「自分が行動する必要があるか?」の
思考を停止させる最強の要因になります。

トピックス全体をコミュニケーションそのものというよりも
一つの情報として見ると、同じ話が繰り返されるのは意味がないです。
Aさんの「私はこう思います」という発言があったとしたら
Bさんの「私もAさんと同じく、こう思います」という発言は意味が小さい。
だってもう出てるから。BさんがAさんと同じ事書いても意味がない。
トピックスのノイズが増すだけです。

それに加えて、着地点はどこか?
という設定がそもそもなされないから、
個々の正義感により肥大した書き込みの欲求だけが
際限なく発揮されることになります。
だからもうトピックスとしては一巡してるのに
いつまでも延長戦が続いちゃう。

管理的な感覚で言うと、こういうときに
トピックスを主催しようとした人物が消えた時点で
早急に停止もしくは中心話題の設定をしたほうが
よかったのだと思います。

このような事は、年齢・ジャンルに関わらず、
こういう形式のコミュニケーションでよくよく発生するんですが、
防ぐ事は難しいのでしょうかね。
情報教育を早期でやっておかないとだめかな。

「俺が正しい俺が俺が」をやめるだけでも
随分違ってくるんですけどね。

そういえば内容自体には触れてないや。
書き込み者のHNの中によく知ってる人と同じものがあって
一瞬びっくりしたけど他人だったというくらいでした。

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2010/05/27

雑記0527 物欲整理

Filed under: 雑記 — ksk @ 7:41 PM

多少欲しいものが増えてきました。
楽器欲しい。でも現状はまだ使えるしいいか。 7まんえん↑
アンプ欲しい。持ち運びを考えると…うーん、迷う 5まんえん↑
弦欲しい。そういえば今の弦3年くらい張りっぱなしじゃないか… 2まんえん↑
プレステ3欲しい。トルネとセットで手に入れておきたい 4まんえん
プレステ3のゲームも欲しい。友人から借りるのは活用するが 1まんえん
モニター欲しい。うちには基本的にPS3を活かせる環境が無い。 3まんえん↑
才能欲しい。 プライスレス

困るのはどれも「今すぐ欲しい」というほどではないということ。
夏位になったら物欲伸びてるだろうか?
それとも逆に暑さで減退しているだろうか?うーむ。
一気に買っても使いきれないから月に1つずつくらいにしておこう…
弦が新しくなったら楽器弾くモチベーションあがりそう。

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ピースウォーカー。
ストーリーはクリアしました。
後のミッションはどうしようかなぁ…
細かいのはやっていって、他は協力プレイだけでいいかも。
ここからは基本的に継続するだけだもんね。
ときメモ4やるか。コナミハシゴ。

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最近、ゲーム音楽のコンサートに食指が働かない。
食傷気味なのか?
…というよりかは、知ってる人があんまり居ない上に、
一緒に行く相談をする環境もなくなったからか。
低燃費な生活だけど、あんまりよくないよなぁ。

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気のきいたコラム書けてない。
もう少しニュース見よう。

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男女差の計算

Filed under: コラム — ksk @ 12:41 AM

google検索した場合に
「夫」「妻」で出てくる予測変換が違うんですって。
具体的には「夫」側には「死んでほしい」とか「嫌い」とか、
ネガティブなワードが続きやすいということですね。

さて、なんででしょー。
そもそも、愛情を数値で表す事は難しいですが、
非対称な愛情はそんなに多くないと思うんです。
「妻大好き」「夫大嫌い」っていう関係は、
多分そんなに多くないか、もしくは逆のケースが同数あると思う。

2chニューススレでありがちな言説みたいに
結婚否定論にしてもしょうがないと思うのです。
というか、それは「すっぱい葡萄」ですよね。
なのでこれはもう割愛。カテゴリの話にします。

結局、検索結果自体が書く人と見る人それぞれ、
性別が不明瞭なんですよね。
でも、そこに何らかの偏りがあるとするならば、
それはむしろ未だに男性と女性というカテゴリが持つ
世界観の違いなのかなぁ……。

夫、というカテゴリ、つまり妻の視点としての
検索予測が夫に傾いてるんですよね。
まだまだ妻の世界は社会化されていない、
っていう事なのかな。

結婚したことないからわかんないんですけど、
愛憎、というくらいなので愛情も憎悪も裏返しの
感情の動きだと思うのですが、
妻視点の検索結果はこれが大きいってことですね。
多分、これはもう少し要素があるんだと思うんだよなぁ。
引き続きリサーチを続けます。
でも、これは多分、妻というカテゴリが、
夫を憎むものである、という立脚点からは
絶対に読み解けないと思うのです。

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2010/05/24

勝手に小説化「アマガミ七咲逢編」言い訳と反省

Filed under: コラム,勝手に小説化アマガミ七咲逢 — ksk @ 10:19 PM

アマガミ七咲逢編pdfファイル版はこちらです。
今後は、大規模な改訂以外はこちらのpdfファイル版のみ改訂します。

以下、完全に僕の反省と言い訳です。
今後の創作活動の為のメモ。
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・そもそもなんでアマガミ小説化したのか
24時間企画でアマガミ七咲編をプレイした後、
ネット検索とかをしていて、
いろんなSS(ショートショート:超短編小説のこと)を見かけ、
自分もこういうのが書けるのかな、
みたいなことをツイッターで呟いたところ、
無言有言両方で反応があったので、
ケツを叩かれた気分になって一気に書きました。
人間、やればできるもんですね。それなりの生産スピードでした。

・なんでアマガミの七咲逢シナリオだったのか
プレイしたキャラで記憶が鮮明なのが、
直前に遊んでいた七咲逢だったから、というのが理由です。

・形式と方法
小説にしよう、と思ったのは、そもそも自分がシチュエーションを用意しての
SSを書けるほどキャラを熟知していなかったからです。
だから本編準拠としました。
プレイされた方は判ると思いますが、
本編のセリフを引用しまくっています。

七咲視点にした、というよりかは
ヒロイン視点でしか成り立たないだろう、と思いました。
アマガミは結構な部分
「恋しちゃってる女の子を見てニヤニヤするゲーム」
だと思うので、そうなると、単一視点でいくには
女性を視点にするのが楽だと思うのです。

・大問題
正直、恋しちゃってる女の子の気持ちには今までなれたことがない
 →妄想でがんばりました

・方法
3編に分けましたが…
原作に忠実→原作に忠実だけどちょっとずらす→原作から離す
という風に推移しようと思っておりました。
なんだかエヴァ新劇場版みたいだなと思った。

・要素
原作における七咲逢っていうキャラを分解してみたんですが……
まず最初に橘純一を好きになる理由が見つかりませんでした。
かつ、ドラマ的要素として出てくる諸要素は仲よくなった後。
だから橘純一はすごくいい人として書く事にしました。
言い訳的に変態という言葉が出て、実際はすごくいい人なのは、
いい人じゃないと七咲逢が恋をする要素がなかったからです。

ドラマにできそうな要素は水泳と弟との関係ですが、
このうち弟との関係を書いていると、もっとボリュームが増えそうだったので
彼の話はばっさりとカットしました。

・水泳
水泳の話は七咲逢を、恋愛を通じた成長物語の主人公とする上で
この上なく美味しい要素だと思うんですが、
ゲーム中七咲はほとんど一人でこの問題を解決します。
でもそれが七咲を人気の高いヒロインにしてるんじゃないでしょうか。
……逆に言うと、七咲っていうキャラは
主人公が殆ど介入しないからこそ、
プレーヤーが感情移入しやすいんだと思います。

でも、小説にすると、感情値とかアマガミでいう「☆」みたいな
分かりやすいフラグはないので、
できればちゃんとドラマというか、出来事を通して
橘純一を好きになるような要素を置きつつ、
水泳を通して成長させる流れにしたかった。
結果として書きあがった橘先輩は変態ではなくなりました。

・濡れ場
「久美沙織みたいなエロス」を要求されたんですが、
正直達成できた気がしません。次回頑張ろう。

・総括
書き癖がちょっと分かってきました。
課題点も出たので、次回作で改善したいです。
皆様の七咲逢像を壊していなければ幸いです。

・ぼそり
誰か挿絵描いてくんないかな…

つぶやくつぶやく

雑記0524 笑えない笑い

Filed under: 雑記 — ksk @ 7:42 PM

駅前再開発で、駅までの道で恐ろしくビル風が吹くところがあり、
その風の強さたるや誰もが雨の日に傘をさすのを放棄するくらいなんです。
さすがに耐えかねたのか、市の議会で問題提起した人がいたようですが、
それに対する市の回答が

「防風林が育つまで数年かかります」

だったそうです。じゃあ再開発する数年前に植えろよ。
どう考えても笑えないんですが、さすがに笑えました。
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週末はオペラを見てきました。
とはいえフルではなく、抜粋バージョンの「椿姫」。
しかも原語だったので盛大に睡魔。
以上を踏まえてまじめな感想。
伴奏・演技・歌・演出効果、
そんなに要素は多くないとは思うんですが、
その橋渡しで様々な表情を見せてますね。
たとえば
女優の演技+女優の歌で女優を魅せる場合と、
女優の演技+男優の歌で男優を魅せる場合と、
動きと音をスイッチさせながら、巧みに観客の視点を誘導する。
演劇や音楽では基本的に視覚か聴覚どちらかですが、
それを移動させながら全体を作るというのは、
なるほど非常に難しい事だと思います。奥が深い。

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メタルギアソリッドピースウォーカーを4人でプレイしました。
楽しいけど必死。でも久しぶりに時間を忘れて
ゲームした気がします。自分にとってゲームの楽しさは
やっぱり他の人とのプレイなんだな。

つぶやくつぶやく

勝手に小説化 アマガミ 七咲逢3(完)

Filed under: 勝手に小説化アマガミ七咲逢,連載 — ksk @ 12:21 AM

(全体を印刷用にpdfファイル化したものをこちらにアップしてあります)

 ……繁華街の一角で橘先輩を待つ。クリスマスイヴのメインストリートは、赤白緑のクリスマスカラーで彩られ、街のそこかしこから甘いお菓子の匂いが漂ってくる。店先はどの窓もイルミネーションで装飾されて、手をつないだり、腕を組んだりして幸せそうな人にしているカップルでいっぱい。私もこれから、この中のひと組になるんだ。うきうきしながら腕時計を見る。待ち合わせ時間まであと2分。橘先輩、早くこないかな。

 それから数分、待ち合わせ時間を過ぎても橘先輩は来ない。ちょっと不安になって、ぐるりと辺りを歩いてみる。でも、先輩を見つけることはできなかった。そうだ、ひょっとしたら場所を間違えてるのかも。それとも先輩のことだから、待ち合わせ時間を一時間くらい勘違いしているのかもしれない。きっとそうだ。私は一人、幸福の笑い声の渦の中、橘先輩を待って佇んでいる。

 更に一時間経っても先輩は来ない。薄く曇った空はちらほら雪が舞い始めた。橘先輩、寒いです、早く来てください。口の中でそう呟いても、先輩がくる気配がない。ずっと立っている足が痛み始めてきた。

「先輩……早く来ないと私、帰っちゃいますよ?」

 そうつぶやいた声は、自分でも驚くほど悲壮感に見て居ていた。その時。遠く人混みの中に、見覚えのある顔が現れた。

「橘先輩!!」

 思わず声を上げる私。先輩は幸せそうに笑って、こちらに向かって歩いてくる。

「先輩、いくらなんでも遅すぎで……」

 言いだした言葉を最後まで言えなかった。橘先輩の両隣には、嬉しそうに笑う顔の女の人。この前、橘先輩と一緒に居た女の人達だ。そして、それよりもっと嬉しそうな、鼻の下をだらしなく伸ばした橘先輩。

「橘先輩……?」

 その場に足が刺さってしまったかのように動けない私の横を、私の事など見えていないかのように橘先輩達が通り過ぎる。女の人の一人が、こちらを向いて蔑むようににやりと笑った。次の瞬間、私の足元が崩れ、私の身体は真っ暗な闇の中にまっさかさまに落ちて行った。

 わけがわからず、恐怖に声を挙げようとしたが声は出ず、代わりに口からはごぼごぼと泡が噴き出した。どうやら、私は水の中にいるらしかった。水面を求めて手足をばたつかせてもがく私。見上げても水面が見えない。水が重たくて手足がうまく動かない。怖い。どんなに浮かびあがろうと頑張っても、身体は沈んでいく。全身に何かがまとわりつくような感覚が襲いかかって、私の身体は引きずられるように沈んでいく……

 そこで、私は夢から覚めた。真っ暗な部屋、自分のベッドの中。心臓が激しく音を立てている。体中に汗をかいて、パジャマが気持ち悪く肌に張り付いていた。私は夢を見ていたのだと理解するまで数秒かかって、枕元の多機能時計を見る。12月15日、午前3時すぎだった。

 ぐっしょり濡れたパジャマを替えて、私はベッドに座り込む。もう一度枕元の時計を見る。この時計は、昨晩、誕生日を迎えた橘先輩にプレゼントしたものと同じものだった。

「弱いな、私……」

 呟いて、ちょっと涙がこぼれた。橘先輩を自分から遠ざけ、水泳に専念するために、もう私のところに来ないでください、と橘先輩に言った私だったが、橘先輩の笑顔が見たくて、私は自分から前言を撤回して、橘先輩の自宅を訪れてプレゼントを渡した。橘先輩は嫌な顔ひとつせず、私のプレゼントを子供のように喜んでくれた。プレゼントを「七咲だと思って枕元に置く」とまで言ってくれた事に、先輩の前では冷静を装っていたが、先輩と別れてから、私は舞いあがって、帰りに先輩に買ったのと同じ時計をもう一つ買って、自分の枕元に置いた。

 今さっき悪夢に現れたクリスマスイヴまで、実際にはあと9日。背泳の選考に通れたら、イヴに橘先輩を誘おう。きっと、先輩はプレゼントを渡した時みたいに喜んでくれるはずだ。私は時計を手にとって、それを橘先輩であるかのように優しく胸に抱いて、再びベッドに潜り込んだ。

 

 翌日から、私は練習のメニューを増やした。ハードなメニューに加えて、部活の時間が終わっても、時間の許す限りプールで自主トレーニングを続け、部活外の時間も河川敷などでジョギングに励んだ。オーバーワーク気味であることは判っていた。けれど、無理にでも身体を動かしていないと、選考まで自分の心がついて行きそうになかった。

 私自身から逃げたいと思う私の気持ちとは裏腹に、タイムは奮わなかった。今まで自由形選手だった私にとって、それは当然の現実だった。普段背泳など殆ど練習していないのに、転向して一週間で校内の選考に通ろうなんて、そんな甘い話があるはずはない。でも、私はその現実をわざと無視した。思う通りに動かない身体も、ますます抵抗感を増す水も、時々遠くから不安げな顔を見せる塚原先輩も、私自身の橘先輩に対する気持ちも全部、全部無視をした。

 結局、背泳の選考にも私は落ちた。当日は、全てがぐちゃぐちゃに崩れていた。飛び込んだ時からゴールにたどり着くまで何一つ褒めることのできない泳ぎ。当然、タイムも無残なものだった。これまで下がり続けたタイムに、ついに水に入ることすら怖いと感じ始めていた私は、部員たちの私を見るいたたまれない視線が辛くて、その日、私は部活が終わる時間よりも前に、プールから逃げるように退出した。

翌日、昼休みに顧問から呼び出され、私は職員室で背泳の選考からの落選を宣告された。私は誰とも会いたくなくて、屋上で時間を潰していた。春から秋までは校庭の木々の四季がよく見えて、お弁当を食べるのにちょうどいい休憩場所として人が集まる屋上も、12月は制服の中にセーターを着ていても肌寒く、人の姿はほとんどない。でも、それが私にとっては都合がよかった。私は沈んだ気分のまま、とぼとぼと屋上を歩く。

 でも、そこには私が今、一番自分を見せたくない人が居た。

「七咲」

「あ、橘先輩」

 橘先輩の前で、私は一瞬で「後輩としての七咲逢」を用意する。クールで、面倒見が良くて、いつも橘先輩をちょっと上から見ている、生意気な後輩としての私。

「選考……どうだった?」

 開口一番、先輩は私が一番聞かれたくないことを聞いてきた。

「結局、背泳もダメでした。さきほど、顧問の先生から言われてしまいました」

 こともなげに答えた。心の片隅が痛んだような気がした。

「え……」

 ショックを受けたような顔の先輩。

「仕方ないんです。種目を替えて、いきなりいいタイムが出るなんてこと、ありませんから」

 先輩の顔をまっすぐ見ないように、私は目線を外した。

「でも、それじゃ……」

「先輩、私、案外大丈夫ですよ」

 橘先輩の言葉を遮り、そう言って私は、精一杯笑ってみせた。

「大会は来年もありますから。来年こそ私、選考に通ってみせます」

 私が吐いたその言葉は、まぎれもなく自分と橘先輩両方に向けた言い訳であり、強がりであった。でも、言い訳でもそうやって言えば。

 橘先輩。来年も、私を見ててくれますか。

 そういう打算が、私の心のどこかにはあったのだと思う。

「……そうか。頑張れよ」

 橘先輩が何か、私に言いたいことを呑みこんだような顔をする。

「ええ。それでは、私はこれで」

 私は橘先輩をみているのが辛くて、その場を去った。先輩と別れてから、女子トイレの個室で、私は少し涙を流した。

 放課後の部活、再び自由形で自主トレーニングをする。選考の直後で、部活は数日間の自由参加になっていて、参加者もまばらだった。受験を控えた塚原先輩の姿もない。やがて日が沈んだ頃、プールに残っている者は私以外誰も居なくなり、しんと静まりかえるプールの中で、私が泳ぐ水音だけが孤独に響いていた。

 一人で泳ぎ始めてしばらくして、私は身体に疲労から来る重さを感じてプールから上がり、プールサイドに座り込む。誰も泳がないプールは、循環する水の力だけで僅かに水際が動いていて、人の居なくなった世界に自分だけが居るようで、心細くなった。

 スイムキャップを外し、滴る水滴を放ったままで、私は水面を見つめていた。誰も泳いでいないプールは、まるで水が襲ってくるかように、昏く、深く感じられた。そして次の瞬間、私は心の中に大きな恐怖を感じた。昏くて深いのはプールの水ではなく、私の心の闇だと気付いたからだ。自分にとって唯一の誇りだった水泳で失敗した今、私を支えているものは、私が作った、冷静を装う七咲逢というハリボテの人物像だけ。それに気付いたとき、紙のように薄っぺらな私の心は、くしゃり、と音を立てて崩れた。

 視界がぼやける。目から涙があふれてきていた。続いて、嗚咽が漏れた。誰も居ないプールに私のすすり泣く声が響く。

「橘先輩……」

 橘先輩も、塚原先輩も、自分の我儘で遠ざけたのは他でもない自分なのに。都合がいい。そう思っても、私の口からは弱音がこぼれる。

「橘先輩……寂しいです……」

 そうつぶやいた時、私の背後でプールの扉が開いた。びっくりして立ち上がり振りむくと、そこには橘先輩が立っていた。

「七咲?こんなところで何をしてるんだ?ほかの部員の皆はもう帰ってるのに」

 先輩は怪訝そうな表情で私の事を見ていた。

「橘先輩……?」

 先輩、どうしてここに居るんですか。先輩、水泳部員じゃないのに。

「七咲?……泣いてるのか?」

 橘先輩は私の顔を見て、心配そうにこちらへ歩きだす。

「あ……」

 見ないでください、先輩。

 私は、そのまま地面を蹴って、背後のプールに飛び込んだ。

 嘘をついてばかりの、惨めな自分の姿を橘先輩に見られたくなかった。橘先輩にあわせる顔が無かった。水泳しかなかった私が水泳でのプライドを失って、最後に残っていた作りものの私も失って、もう私の中には何もないのに、そんなにまっすぐな目で見られたら、耐えられませんよ、橘先輩。

 水の中に逃げれば、制服を着た橘先輩からは逃れられるだろうと思ってた。もういっそ、このまま身体が浮かび上がってこなければいい。愚かな私の身体なんて、水の中で融けてなくなってしまえばいい。そう思ったけれど。

 私の思惑とは裏腹に、橘先輩は。

「七咲っ!?七咲っ!!」

 橘先輩は制服のまま、迷わずプールに飛び込んできた。もがくように水を掻いて、先輩は私の方へ泳いできて、私はそんな先輩から逃げるように泳いで離れる。

「七はぎっ!大丈夫がばっ!?」

 叫ぶ口に水が入り、先輩はむせてしまう。、

「大丈夫に決まってるじゃないですか!制服のまま飛び込んできて、何を考えてるんですか!」

「そんなの、七咲の事に決まってるだろ!」

「えっ……!!」

 プールに響いた先輩の大きな強い声を聞いて、私の身体はしびれたように動かなくなった。二人とも、プールの中央に立ちつくす。

「七咲、そっちにいってもいいよな?」

 優しい顔で、先輩が言う。

「……はい」

 橘先輩は、ゆっくりと私に近づくと、そっと、私を抱きしめた。

「あ……」

 濡れた先輩の髪が私の頬に触れて、制服越しでも先輩の体温を感じて、私の目からはもう一度、堰を切ったようにぼろぼろ涙が流れた。

「ああ……せん、ぱい……」

 発した声は、殆ど音にならなくて。

「七咲……」

「橘先輩……私、もう」

 ぐっと涙をのみこむ。

「もう、泳ぐのをやめたいです……」

 もう泳がなくていい、そう言ってもらえると思ったけれど。私が言った瞬間、橘先輩は私の両肩を掴んで、引き剥がすように私の身体を離した。びっくりして、おびえた表情で先輩を見て、手を振りほどこうとした。だけれど先輩は私を逃がすまいとするかのように手を離さない。

「……うして」

 そのまま俯いて、何か呟く橘先輩。

「……先輩?」

 先輩は突然顔を上げて、私をまっすぐみて言った。

「どうしてそんなことを言うんだ!!七咲はこれまで頑張ってきたじゃないか!!一度の選考に落ちたからってなんだよ!七咲にとって水泳はそんなに簡単な事だったのか!?違うだろ!!」

 初めて聞く、橘先輩の怒った声。初めて見る、怒った顔。私は混乱して、先輩の言葉に胸を貫かれたような気がして、目をそむけることすらできなかった。

「今、七咲が泳ぐことをやめたら」

 私の両肩を掴む手にぐっと力を込めて。

「僕は七咲を、軽蔑する」

 そう言って、先輩は私をもう一度抱き寄せて、強く強く、痛いくらいに抱きしめた。私はその腕の中で、締め付けられる両肩に大きな安心を感じて、静かに泣き続けた。

 

 どれくらいそうしていただろう。私が落ち着きを取り戻して泣くのをやめ、やがて先輩はゆっくり、私を抱きしめていた腕を緩めた。私は力を抜いて、水面に身体を横たえる。橘先輩は立ったまま、私の肩を優しく支えて、息づかいが聞こえそうなくらい近くで、私を見つめていた。

「先輩……」

 呟いた私の肩には、まだ先輩が強く締め付けた余韻が残っている。

「七咲、えっと……」

 空いているほうの手で気まずそうに頬を掻く先輩。その顔には、いつもの優しさが戻っていた。

「すみませんでした……私、先輩に心配をかけてしまってたんですね」

「ううん、いいよ。ねぇ、七咲」

 じっと見る橘先輩から、私は目を離せない。

「さっきはああ言ったけどさ、七咲は頑張りすぎだと思う。もっと、辛い時は休んでもいいんだよ。えっと、上手く言えないけど」

「……はい」

橘先輩は、しばし言葉に詰まって、うんうん唸っている。

「ええと……頑張りすぎるんじゃなくて、水泳を楽しんでほしいんだ」

「はい……先輩、ありがとうございました」

 橘先輩の一言一言を大事に受け取って、自分でも驚くほど素直に、私はそう返事した。心の中に溜まった澱のような何かが、少しずつ流されていくような感覚。プールの水に対する恐怖も、いつの間にか消えている。

 私は目を閉じて、ここまでの色々な事を思い返していた。橘先輩や塚原先輩に言ってしまったひどい言葉。自分から逃げ続けていた数週間。これから、一つずつ謝って、正していこう。そう素直に考えて、ゆっくり目をあける。間近にある先輩の顔は、プールの天井のライトがまるで後光のように輝いていて、私にはとても眩しく見えた。

「あの、私はもう大丈夫ですから、先に上がっていてもらえますか?それで」

 一瞬言葉に詰まったけれど、私は勇気を出して言った。

「あの……一緒に……」

「うん、一緒に帰ろう。ロッカーで着替えて、それから校門のところで待ってるよ」

 微笑む先輩。やっぱり、先輩が笑っている顔を見るのは、嬉しい。

「……はい」

 私の返事を聞いて、先輩は水から上がると、脱衣所への扉を開け、出て行った。

 

 部室の脱衣所で制服に着換え、鏡で顔を確認する。泣きじゃくった目は少し赤くなっていて、先輩に会うのがちょっと恥ずかしいと思った。部室の鍵を閉めて、職員室に残っていた顧問に鍵を預けて校門に向かうと、既に着替えを済ませたジャージ姿の橘先輩が待っていてくれた。

「橘先輩、お待たせしました」

「おう、お疲れ様」

 なにも無かったかのように笑って私を迎えてくれる橘先輩。もうすっかり暗くなった通学路を、二人で並んで自宅へと帰った。私達は殆ど言葉を交わさずに歩いた。何か橘先輩とお話をしたかったけれど、プールでの事を思い出して胸がいっぱいになり、橘先輩への感謝の気持ちと、申し訳なさと、一緒に居られる事の嬉しさがまぜこぜになって、ついに私は一言も話すことができなかった。

 橘先輩と別れる所まで来て、私たちは曲がり角の街頭の下で、どちらともなく足を止めた。

「あの、七咲」

「……はい」

 橘先輩の発した声は少し緊張していて、つられて私も緊張してしまう。

「えっと、こんな時になんなんだけど」

 心臓の鼓動が早まりはじめた。先輩は私をじっと見つめている。

「今度の日曜日って、予定は空いてるのか?」

「え……」

 言われた私は一瞬、誘われたということが判らず、頭が真っ白になった

「よかったら、僕と遊びに行こうよ」

「遊びに……ですか!?」

 ようやく先輩の言ったことが理解できて、嬉しさでちょっと声が弾む。

「うん」

 恥ずかしそうに頷く橘先輩。

「先輩と……遊びに……」

 反芻するように呟く私には、理解はできたけれどまだ実感がわいていなかった。

「だ、駄目かな」

 さっきまであんなに力強く私を励ましてくれたのに、急に弱気になった先輩に私はちょっと笑ってしまう。

「なんだよ」

「いえ、私、今まで中学ではそんなふうに誘われた事が無くて……」

 適当な答えではぐらかす私。

「うう、七咲、行くのか行かないのかを……」

 緊張の極みに達しているのか、先輩は声が少し震えていた。そうか、先輩も緊張しているんだ。

「え、あっ、すみません。……行きます。私、先輩と遊びに行きたいです」

 はっきりと答えた私は、少し赤くなっていたと思う。

「ほ、ほんとに!?じゃあ」

 そういって先輩は鞄の中に手を突っ込み、がさがさと中身を探る。少しして、先輩は紙きれを二枚鞄の中から取り出した。

「これ、手に入れたんだ。よかったら七咲と行こうと思って」

 差し出された紙は、水族館のチケットだった。

「はい、構いませんよ」

 先輩の提案を快諾する。

「本当に?」

「はい、是非」

「おおっ!やった!!じゃあ、日曜の13時に、お昼を食べてから駅で待ち合わせでいいかな?」

 無邪気に嬉しがる橘先輩。興奮した子供のように目が輝いている。

「はい、先輩こそ、寝坊して遅れたりしないでくださいね」

 それは、橘先輩からデートに誘ってもらった事の照れ隠しだったけれど、すごく久しぶりに、橘先輩を信頼する自分の心から出た言葉のような気がして、私は清々しい気持ちだった。

「もちろんだよ!じゃあ、七咲、またな!」

「橘先輩!!」

 鞄を持っていない方の手を挙げ、家に向かって歩き出そうとした先輩を私は呼びとめた。今言わないと、もうタイミングを逃してしまうような気がして。不思議そうにこちらを見る橘先輩。私は深呼吸をしてから、ゆっくり言った。

「先輩、今日は本当に、ありがとうございました。」

「いや、僕は何もしてないよ」

 橘先輩の謙遜に、私は首を左右に振る。

「いいえ、そんなこと、ないと思います。先輩に沢山……元気をもらいました。先輩のおかげなんです」

 照れたように笑う橘先輩。

「それで、あの……日曜、楽しみにしてます!」

 橘先輩の目をまっすぐ見て言った。

「うん。僕も楽しみだよ」

「はい!それでは先輩、また」

 そういって、私達は別れた。スキップしたくなるくらい踊る気持ちを抑えて、だらしなく笑ってしまいそうな顔を引き締めて、私は家へと向かった。

 

 日曜日の昼、一時少し前。私は先輩と待ち合わせしていた駅に向かった。街は年末に向かって慌ただしさを帯びていて、駅前から街の中心に向かって伸びる通りにはクリスマスの装飾がきらきら光っている。私は前に見た夢を思い出して、駅が近くなるにつれて少し不安が募ってきた。

 待ち合わせの場所に着くと、橘先輩はもう到着していて、私の不安は晴れた。橘先輩はジーンズに黒いジャケットを着て落ちついた印象。私はいつもの着古したダウンジャケットで、先輩はきっとそんなことを気にするはずはないけれど、あまり気を使っていない自分の格好にちょっと恥ずかしくなってしまった。

 先輩は私を見かけると、嬉しそうに手を振った。

「先輩、こんにちは」

「おう」

 どちらともなく、二人で水族館に向かう。何度か学校から一緒に下校しているが、私服で二人で並んで歩くと、一歩仲良くなったみたいで嬉しかった。歩きながら、いつもの他愛のない話。新しく出たゲームの話、期末テストの話、美也ちゃんの話。一つ一つの話で、やっぱり橘先輩は素直に楽しんでくれて、それが私もとてもうれしかった。

 水族館のあるポートタワーへは、駅から街に向かう道とは逆へ、山を降りるバスに乗って行く。海に近づくに従って潮の香りが強くなっていき、建物の間から港に泊まる船が見え始める。ランドマークになっているタワーが段々大きく見えるようになって、駅から二十数分で、私達はポートタワーに到着した。

 受付にチケットを渡して水族館の中に入る。最近新しくオープンしたばかりの水族館だった。内部は照明を暗めに、水槽の内部を明るくデザインしていて、天井がとても高く、魚を観察するには水槽を見上げるような格好になり、まるで海の底を散歩しているかのようだった。

「へぇー、面白い生き物を中心に展示してあるんだな!」

 目をキラキラ輝かせている先輩。そういえば、美也ちゃんも楽しい時にはこんな風に目をキラキラさせてはしゃいでいたっけ。先輩たちの血筋なのかもしれない。

「先輩、あまり走り回ると転びますよ」

 先輩にそういいながらも、私も水族館をとても楽しんでいた。

「ほら、先輩、これすごいですよ」

「おっ、どれどれ」

 珊瑚礁を再現した水槽だった。カラフルな珊瑚に、さらに色とりどりの魚をくわえて、ちょっと目に痛い気もするけれど、とても明るくて元気な雰囲気の水槽になっていた。

「すごいな……」

 見とれる先輩。私は水槽下部の説明書きに視線を落とす。

「えっと……この青いのがルリスズメダイ……これかな。それから黄色いのがチョウチョウウオ。ほら、これですよ先輩」

 水槽の黄色い、丸い、薄い魚を指す私。

「すごいな、作りものみたいだ……」

 しばし、鮮やかな黄色に目を奪われ、二人でじっと水槽を見つめる。

「ふふっ、本当にきれいですね」

「いつまで見てても飽きないな……」

 そういう橘先輩は、本当に水槽に目線がくぎ付けになっていた。

「……先輩?」

 呼びかけても橘先輩は反応がない。本当に見入っているようだ。周りの人がパントマイムだと勘違いするのではないかと思うほどに微動だにしない。まるで水槽と合わせて一つのオブジェになってしまったかのようだった。

「あの、橘先輩」

 私の声も耳に入っていないようだ。

「先輩、ちょっとヨダレ出てますよ!」

 先輩の腕を引いて言うと、先輩ははっとしたようにこちらを見て、口元をぬぐう。

「ご、ごめんちょっと水槽に見入ってて……」

「ふふ、冗談です」

「へ?」

 不思議そうな顔で見る先輩。

「ヨダレは垂れてません」

「うっ……意地悪だなぁ、七咲……」

「はいっ」

 にっこり笑って返事をした。

「どうします?先輩が気に入ったのなら、もう少しここに居ても……」

「いや、そろそろ次の水槽にいってみよう。もう穴があくほど見たしね」

 橘先輩はそういい、私達は二人で笑った。

 

 私達は熱帯を中心にした展示場から、寒帯を中心とする展示場へ移動する。ひときわ大きな水槽はペンギンが展示されていた。三メートルほどの高さに水面があり、水面近くをペンギンが気持ちよさそうに泳いでいる。

「ほら、先輩ペンギンですよ!かわいいですね!」

「ほんとだ、なんだか飛んでるみたいだな」

 水槽の手すりに捕まって、二人で空を仰ぐように水槽を見る。

「こうして手をバタつかせていると、ペンギンは鳥なんだなって実感しますね。本当は空を飛びたいのかな……」

「鳥、か……」

 感慨深そうにペンギンを見つめる先輩。

「少し、羨ましいですね……これだけ水の中を自由に泳げたら、気持ちいいんだろうな……」

 ふと私の口から出た言葉に、先輩はこちらを見た。

「そういえば、七咲はどうして水泳を始めたんだ?」

「どうして……ですか」

 先輩に聞かれて、私は小さいころの事を思い出す。

「私……小さい頃は、身体が弱くて、よく風邪を引いてたんです。でも、お医者さんに水泳を勧められて、水泳を始めてからはずいぶんよくなったんです。だから、私が水泳を始めたのは、身体を鍛えるため……ということになりますね」

 そう、そこが私の水泳との出会いだった。他の運動に比べて身体にかかる負荷も小さく、全身運動になる水泳は、子供の頃の私や高齢者のような者には適したスポーツだ。そういえば、最初は水が怖くて、泣きながら親に手を引かれてスイミングスクールに通ったっけ。

「それからは、だんだんスイミングスクールにいくことが好きになりました」

「それはどうして?」

 興味深そうに聞く橘先輩。私の小さいころの記憶が徐々に鮮明になってきた。

「はい、スイミングスクールの入り口に、マスコットキャラの巨大なペンギンの人形があって、それに会いに。ふふっ、単純だったんですね、私」

「へぇ、なんだか可愛いな」

 微笑む橘先輩。

 私は、更に記憶を辿る。理由はそうだったけれど、でも中学や高校になっても水泳を続けたのはそれだけが理由ではなかったはずだった。

「それから……そう、だんだん上手に泳げるのが、タイムが伸びるのが楽しくなって、水の中にいること自体が楽しくて……」

 そうだ、私は、だから泳ぐことを続けていたんだ。楽しいから、それだけでよかった。友達もたくさんできて、身体も丈夫になって、私という人間を豊かにしてくれる水泳を、私は好きになったんだ。

 でも、最近の私は自分から水泳を遠ざけた。自分の身体がうまく動かない事に苛立って、水泳でつながった大事な人達をないがしろにした。最後には、水泳自体を怖がって、結果的には自分そのものから逃げていた。

「そうだ、私……」

「七咲?」

 優しく笑顔で聞く先輩。ひょっとしたら、先輩は私にこのことを考えさせるためにここに誘ってくれたのだろうか?私の心の中で、ずっとつかえていた何かが、少しずつ溶けていくような気がした。こんなに簡単な事だったのに、どうして気付かなかったんだろう。馬鹿な自分にちょっとやきもきすると同時に、私は解放感を感じ始める。

「橘先輩、私、思い出しました。私、楽しいから泳いでたんです」

「……そっか、よかったな」

「はいっ!」

 私は晴れやかに気持ちで、先輩に応えた。

 

 それから、私達は時間をかけてじっくり水族館を楽しんで、ポートタワーを後にした。辺りはすっかり暗くなっていて、バスの帰り道は窓の向こうを通り過ぎる街灯をぼうっと見つめていた。先輩が何を考えているのかは判らなかったけれど、私はこれからの事を考えていた。

 今私の右隣に居る橘先輩。初めは妙な出会いだったけれど、いつしかこの明るく、ちょっと変態で、でも優しい先輩に私は恋をした。その気持ちが少しずつ大きくなっていき、先日のプールで気持ちが一杯になって、今はもう身体から溢れそうなくらい、育ち続けている。

 私はこの自分の気持ちを、どうにかしたい。橘先輩は私が何度も見たように、一見変態に見えて、いや変態であることには変わりないとしても、とても素直で、素敵な人だ。私の他にも、私と同じように橘先輩に気持ちを抱えている人は居るかもしれないし、橘先輩も私が橘先輩に抱くように、誰かに気持ちを抱いているのかもしれない。私の気持ちは、橘先輩に受け取ってもらえないかもしれない。

 でも、私は怖がらずに、自分の気持ちを橘先輩に贈ろうと思った。断られてしまってもいい、それでもまっすぐに、怖がらずに隠さずに、私らしく気持ちを伝えよう。街の光を見つめながら、そう私は決意をした。

 

 駅前のファミリーレストランでお喋りしながら夕食をとって、私達は自宅への道を歩く。20時を回った住宅街はしんと静まりかえっており、どこかの家のテレビの音や、子供のはしゃぐ声が遠くから聞こえていた。

「七咲、実はさ」

 歩きながら、橘先輩が言う。

「はい?」

「今日の水族館のチケット、貰いものなんだ。……塚原先輩からの」

「えっ……」

 思わず、私は足を止める。先輩は私の方に向き直って続けた。

「実は、相談されてたんだ。七咲がスランプみたいだけれど、何か思い当たることはないか、って。でも、僕にも七咲のスランプの原因は判らなかったし、その時は何も答えられなかったんだけど」

「そう、だったんですか」

 何も言わない、と言って私から離れていた塚原先輩。部活以外の時間も心配をしてもらって、迷惑をかけていたことに私は申し訳なくて、涙が出そうだった。

「『あなたは七咲と仲が良いみたいだから、気分転換に誘ってあげてくれ』って言われて、このチケットを渡されたんだ。でも、ちょうどよかった」

「ちょうどよかった、ですか?」

 私は首を傾げて聞き返す。

「うん。僕も七咲と遊びに行きたいなって思ってたところだったし。今日は本当に楽しかったよ」

 そう言われて、私は嬉しさでいっぱいになり、思わず笑みがこぼれた。

「ふふっ、私も楽しかったです。今日はありがとうございました」

「うん、それじゃあ」

「あ、橘先輩」

 帰ろうとする先輩を呼びとめる。私は、高鳴る胸を抑えて、少し深呼吸。

「あの、もしよかったら」

「うん?」

「イヴの日、予定は空いていますか?」

 私の質問に、橘先輩の頬が少し紅くなった。

「えっ、イヴの日……」

「もしかして、もう予定が入っていますか?」

 先輩はちょっとまじめな、迷ったような顔をする。断られたら諦めようとは思っていたものの、胸が締め付けられるように苦しかった。

「うーん、どうしようかなぁ……」

「……」

 一瞬の沈黙のあと、橘先輩は笑った。

「ははっ、冗談だよ、大丈夫。一緒に遊ぼう」

「ほんとですか!?もう、意地悪しないでください、先輩」

 怒ったように言ったつもりだったけれど、私の声は嬉しさを隠せなかったと思う。

「うん。どこにいこうか?」

 そう言われて、私は橘先輩を誘う事が目的だったので、まだ何も決めていない事を思い出した。

「行き先は……すみませんが、秘密、ということでよいですか?」

「ううん、どこだろう、気になる」

「ふふっ、喜んでもらえるといいのですが」

 そう言いながらまだ決めていないのだけれど、先輩の反応は可愛らしくて、面白かった。

「七咲とならどこだって大丈夫だよ。あとで、待ち合わせ場所と時間を教えてよ」

「はい、分かりました」

「じゃあ、もう時間も遅いし、そろそろ」

「呼びとめてすいません。先輩、イヴの日、楽しみにしています」

 そうして、私達は挨拶を交わし、それぞれの家へと向かった。

 一人になって、家までの道を歩く。水泳がスランプだったころは憂鬱だった道が、今ではとても輝いて見えた。響く私の靴音も、気のせいかいつもよりちょっと高い気がする。早くイヴが来ないかなと思いながら、私は帰宅した。

 

 イヴの前日。私は夜少し早めにベッドに入ったものの、なかなか寝付けなかった。昼間のうちに、橘先輩には場所と時間を伝えた。私が伝えた場所に、橘先輩は意外そうな顔をしていたけれど、私は自分の気持ちを橘先輩に伝えるための場所として、その場所を選んだ。

 橘先輩には迷いなく決めたように見せたが、実際には色々な事を考えた。海辺や公園でゆっくりしようか、それとも繁華街でケーキを食べながら、もしくはおじさんが所有している温泉でバスタオル一枚で迫ったらどうだろう。ぐるぐる何周も思考を行ったり来たりさせた結果、私は結局、変哲もない場所を選んだ。

「先輩、なんて思うかなぁ」

 橘先輩とイヴを過ごすと考えただけで、こんなに胸が高鳴るなんて。

ふふっ、先輩、明日が待ち遠しいです。

 私は、枕元の多機能時計を橘先輩に見立ててその頭を撫でると、目を閉じた。

 

 翌日、私が橘先輩とのクリスマスデートに選んだ場所は結局、学校の校舎だった。クリスマスイヴの輝日東高校は、創設祭と称して生徒会とクリスマス委員主催のパーティーが催される。当日は一般の人にも解放し、地元商店街とも連携して学校内は結構なにぎわいを見せる。

 生徒たちは原則、創設祭に参加する事になってはいるが、それでもクリスマスイヴという特別な日には先生たちの監視も甘く、校内の仲の良いカップルがそろって欠席することもある、と水泳部の恋多き先輩が話していた。

 創設祭は午後と夜間に行われ、私は午後の部、水泳部の出店のおでん屋台を手伝うことになっていた。OBOGの先輩方や、引退した三年生、美也ちゃんや中多さんも来てくれて、朝からばたばたとした時間を過ごした。おでんの売れ行きは好調で、三時頃にはもう追加で買いだしに行かなくては間に合わないくらいだった。

 夕方五時を周り、約束の時間が近づく。私が交代を済ませて待ち合わせ場所に行こうとしていると、橘先輩が屋台に訪れていた。

「先輩、来てくれたんですか?」

 嬉しさと、他の部員の前という恥ずかしさが同居する。

「うん、七咲のエプロン姿を見ようと思って……って、あれ」

「残念でした、さっき着替えたところです。惜しかったですね、先輩」

 そう言うと、橘先輩は本当に悔しそうな顔をした。

 

 それから私達はごく普通に、創設祭を見て回った。文科系部活の展示、ステージイベント、屋台……8時を回った頃、創設祭はフィナーレに向けて、一層の盛り上がりを見せる。

「さてと、だいたい一通り見たよね。メインステージに行こうか?」

 そう言う橘先輩の袖を掴んで、ちょっと引っ張る。

「それもいいんですが、先輩、ちょっと来てほしいところがあるんです。いいですか?」

「うん、どこ?」

 不思議そうにする先輩。

「こっちです」

 橘先輩の袖を引いて、私は喧騒の外側へ。関係者以外立ち入り禁止のロープをこっそり超えて、校舎の裏側へ連れて行く。

「ここって……」

 橘先輩を連れてきたのは、私が橘先輩と初めて遭遇した、あの場所だった。無骨な非常階段、照明もなく薄暗い部室近くの校舎裏。お世辞にもクリスマスイヴのムードとは程遠い場所。橘先輩はきょろきょろとあたりを見回している。私はそんな橘先輩の前に立って、先輩を見つめた。先輩はそんな私に気付いて、辺りを見るのをやめ、私の方を向いた。

「先輩、私、聞いてもらいたい事があるんです」

 声を出すのと同時に、心臓が強く鼓動し始める。

「聞いてもらいたいこと……?」

 先輩も心なしか、声が緊張しているように思えた。

「はい。……私の、気持ち、です」

 ここまで言ったら、もう最後まで言わなくてはいけない。私は後戻りできなくなった怖さと、恥ずかしさと緊張で、頭がくらくらするような気がした。

「七咲の……」

「いい……ですか?」

 橘先輩が小さく頷いたのを確認して、私は続けようとして……口が動かない。数秒の沈黙。

「どうしたの?」

 しびれを切らせたように、橘先輩が訊く。でもその視線も、どこを見ていいのかわからないかのように泳いでいる。

「困り……ました。いざ言うとなると、一言でいいはずなのに、なんて言ったらいいかわからなくて……伝えたいことは一杯あって、でも言葉にならなくて、どうしていいのか、その」

「うん……うん」

 橘先輩の方を見なくちゃと思って、でもまっすぐ見つめることができなくて、私の視線も行ったり来たり。顔は、きっと真っ赤になっている。

「先輩、笑わないでくださいね……」

「大丈夫、全部聞くから」

 先輩の優しい言葉に、私は少しだけ胸が軽くなった気がした。

「では、えっと……」

大きく深呼吸。覚悟を決めた。私は、心の中で一歩踏み出した。

「私、橘先輩の事が、好きです」

「うん」

 先輩は、私の目を見て、真正面から私の言葉を受け止めてくれた。

「気持ちを抑えようとしても、もう駄目なんです。隠そうとしても隠せなくて、気持ちがどんどん大きくなっていって、身体から溢れてくるんです」

 一気にまくしたてるように私は言って、そこから言葉が続かなくなり、足元に視線を落とす。視界には橘先輩の制服のズボンと革靴。そういえば、これが最初に見た橘先輩の姿だっけ。

 何か言わなくちゃ、冷静にならなきゃと思っても、どんなに違うことを考えようとしても、すぐに思考は橘先輩の所に引き戻されて、何も言葉が出てこない。次第に、頭が混乱し始めたとき。

「七咲」

 橘先輩に名前を呼ばれて、私はびくりと顔をあげる。先輩は優しく微笑んでいた。

「……僕も、七咲の事が好きだ。」

「えっ」

 思わず、私の口から声が漏れる

「えっと……嬉しいよ、七咲が僕の事をそんなに想っていてくれてたなんて」

 恥ずかしそうに、先輩は頬を掻いた。

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

 橘先輩には他に好きな人が居るかもしれないと思っていた。私なんて、橘先輩の沢山いる人間関係のうちの一人にすぎないと思っていたのに。イヴの約束を受けてくれて、ちょっとの期待はあったけれど、それでも橘先輩がきちんと私の方を見て言ってくれた現実の言葉に、私はまだ戸惑っていた。

「じゃあ、もう一度お願いします!」

 もう一度、今の言葉が聴きたくて。ちゃんと準備をして、心に刻みつけておきたくて。

「七咲、好きだ」

 先輩の言葉を聞いた次の瞬間、私は橘先輩の胸に飛び込んでいた。橘先輩の胸に額を、頬を押しつけて、自分の想いを身体に乗せて。橘先輩はそんな私を優しく抱きしめてくれた。その時、校庭の方から大きな歓声が上がった。創設祭ももうフィナーレを迎えているらしい。

「七咲」

 私が顔を挙げると、橘先輩が私を見ていて、なんとなく橘先輩の気持ちが分かった気がして、私はゆっくり目を閉じた。心臓が大きく鼓動している。怖い。意識が耳と、橘先輩の手が私の身体に触れている辺りに集中する。先輩の手にちょっと力が入って、それから呼吸の音がだんだん近くなって、そのすぐあとに、私の唇に、先輩の唇が重なったのがわかった。

 「んっ」

思わず声が漏れて、ぎゅっと身体が硬くなる。自分の心臓の音が体中を駆け廻り、緊張の中で、私はこの感覚を知っているような気がしていた。そういえば、初めてプールに入った時も、とても怖くて、身体が硬くなって。でも、水泳の先生に力を抜けと言われて、力を抜いたら自然にぷかぷか浮かんで、空を飛んでいるみたいでとても心地よくて……そうだ、水はこちらが怖がらなければ怖くない。力を抜いて、身体は浮くようにできてるから大丈夫。

ゆっくり身体の力を抜くと、橘先輩の唇の感触が伝わってきた。しっとりして、優しくて、甘やかで、橘先輩の気持ちが流れてくるようで……私はそっと、両手を橘先輩の背中にまわして、きゅっと力を込めた。今感じている幸せを離さないように、でも力を入れ過ぎて壊してしまわないように、優しく、大事に先輩を抱きしめる。橘先輩の手も私に応えるようにちょっとだけ力が入った。

しばらくのあと、橘先輩はゆっくり唇を離した。けれど私は餌をもっと欲しがる雛鳥のように、嘴を前へ。今度は自分から、先輩にキスをした。びく、と先輩の肩が跳ねて、それからもう一度、優しく私を包んでくれた。蕩けてしまいそうなくらいの幸せに包まれて、ずっとこうしていたいと思っていると、足元でにぁ、と猫の声がして、私は片目をあける。いつも校舎の裏側で出会う黒猫が、構って欲しそうに私の足に頬を寄せていた。

そうか、お前が私達を逢わせてくれたんだもんね。私は心の中でありがとう、と呟いて、構ってやれなくてごめんねと思いながら、また目を閉じた。黒猫はやがて構ってもらうことを諦めたのか、どこかに走り去って行った。

2人の他には誰も居ない、クリスマスイヴの校舎裏。今ではとても大事な人になった橘先輩との出会いの場所で、私は今後、一生忘れないであろう大事な瞬間を迎えた。

 

あの日から、私と橘先輩は恋人同士になった。最初はお互いの関係の変化にぎこちなかったけれど、今では私の右隣には橘先輩が居て、私の右隣に橘先輩が居ること、ただそれだけで私にとって幸せと安心につながった。これからは、私はこの幸せを失うことのないよう、大事なことを忘れてしまうことのないよう、努力を続けていかなければならない。

だけど、その努力は辛くはない。それは橘先輩と二人で、私の大事な人達と皆で続ける努力だから。

パン、とスタートの合図の銃声が響き、私は飛び込み台を蹴って弾丸のように水の中へ。足の爪先から手の先まで意識を巡らせて、その意識を更に先へと延ばしていく。遙か先のゴールへ、そこからもっと先の大事な人達へ。迷うことをやめた私は、また水泳を楽しむことができるようになった。橘先輩をはじめとして、私の大事な沢山の人達に感謝して、私は泳ぎ続ける。私はもっともっと、速く泳げるようになる。

誰よりも早くゴールし、プールから上がった私は、観客席にいる大事な人達に、とびきりの笑顔で手を振った。橘先輩も、こっちを見て笑っている。

橘先輩、これからも私を見ていてください。

ふふっ、私も、みんな見てますよ。

 

(おわり)

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2010/05/19

ひとつ歳をとりました

Filed under: お知らせ — ksk @ 12:16 AM

もはや感慨というお話でもございませんが、
5/19で26歳になりました。

ちょうど一年前の今頃だったかと思うのですが、
自分の生き方に悩んだ折に、
自分にとって大切な人との会話のなかで
「自分の賞味期限はいつまでなんだろう」
と言った時、
「死ぬまでだよ」
と返して頂いた事がありました。

自分の人生が順風満帆だとも、座礁しているとも
思ったことはないですが、しかし自分はそれでも
人に恵まれた人生を送っているなと思います。
ただただ、自分とかかわってくれた人々に対して、
失礼の無いように、日々自分らしく生きていきたい、と思う所存です。

今後とも、是非是非よろしくお願いいたします。

2010/05/19 ksk

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2010/05/18

勝手に小説化 アマガミ 七咲逢2

Filed under: 勝手に小説化アマガミ七咲逢,連載 — ksk @ 10:36 PM

(2010/05/24 一部修正・加筆)
(全体を印刷用にpdfファイル化したものをこちらにアップしてあります)

 考えてみれば、当然のことだ。

 私が普段関わる男性が橘先輩だけだからといって、橘先輩が普段関わる女性は私だけとは限らない。橘先輩は確かにちょっと変な人だけれど、でも接してみれば悪い人ではない。むしろ、真剣に話を聞いてくれる、明るいひと。美也ちゃんのお兄さん。他に関わる女性が居ない方が不自然だ。

 でも、私は自分の気持ちをどうしていいかわからなかった。朝見たあの人は橘先輩の恋人かもしれない、そう考えた時、いくら平静を保とうと思っても、心がかき乱されてしまう。橘先輩とはたかだか十数日前にあっただけなのに。馬鹿みたいだ、しっかりしろと自分を叱っても、もう一人の自分が辛いと訴える。自分でも驚くほどに、私は動揺していた。

 先生に当てられる事がなかったのが不幸中の幸いだったが、その日の授業は殆ど耳に入らなかった。一日中、朝見た光景を頭の中で繰り返し再生して、思考は行き止まり。放課後、重い足取りで部室に向かう。

 部活はさらに散々だった。いつもは心地よく感じるプールの水も、今日はまるで自分の身体を後ろに引っ張ろうとしているかのように思えた。身体が思うように動かない。手が何かを求めるように前へ前へ、足はもがくようにばたばたと水を蹴った。タイムは伸びないどころか、大幅に落ちている。頭の中にはまだ、今朝の楽しそうな橘先輩の姿が浮かんでいた。

 部活が終わり、部員の皆が帰った後の更衣室のベンチで沈んだ気持ちで濡れた身体を拭く私のもとへ、塚原先輩が近付いてきた。

「今日は上手くいかなかったみたいね。大丈夫、誰でも調子の悪い時はあるわ」

隣に座り、優しい声をかけてくれる塚原先輩。

「……塚原先輩」

 声を発したものの、その先に続ける言葉が見つからない。

「七咲はここまで、スランプ知らずだったものね」

「スランプ、ですか……」

 塚原先輩に言われて、そこではじめて私は、自分の現実を知った……いや、本当は知っていたけれど、目をそむけていた事実に向きあわされた。

「スランプは悪いものじゃない。誰でもスランプはある。身体の調子が悪い時、何か辛いことがあった時。私もそうだった」

「塚原先輩も、ですか……?」

 私が塚原先輩を見ると、先輩は優しい顔で頷いた。

「うん。でも、今は大丈夫。だから、七咲もまた、思ったように泳げるようになるわ」

 言って、先輩は私の頭にそっと手を乗せた。濡れた髪の毛越しでも伝わる暖かさと優しさ。涙がこぼれてしまいそうだった。

「何か、原因と感じるものはあるのかしら?私でよかったら、相談に乗るわ」

 原因、と言われて、また今朝の光景が頭の中に浮かんだ。恥ずかしさか、情けなさか、私は何も言いだせず、口を結んだまま、足元に視線を落としたまま。

「言いにくいことなら、無理に言わなくてもいいわ」

 しばらく黙ったままの私に、塚原先輩はそう言ってくれた。

「すみません……」

 私は謝ることしかできなかった。

「大丈夫、まだ校内選考も時間がある。焦らないでね」

「……ありがとうございます。大丈夫です」

 それは強がりに他ならなかったが、私の返事を聞いて、塚原先輩は小さく頷くと、着替えを済ませて部室から出て行った。私はそれからさらに十分ほど部室のベンチで過ごし、部室を後にした。

「あ、七咲ー」

 下足箱の所に来た時、背後から声をかけられて、私はふりむく。そこには鞄を提げた橘先輩がいつもの笑顔で立っていた。

「橘先輩……」

 橘先輩に会えた嬉しさと、朝の事の戸惑いとが同居して、それでもやっぱり会えたことが嬉しくて、私は少し笑顔になっていた。

「今帰り?」

 私の方に歩いてくる橘先輩。

「はい、先輩も帰るところですか?」

「うん、途中まで一緒に帰ろうか」

 そう言われて、私は思わず笑顔になる。

「はい、是非」

 私たちは並んで、自宅への道を歩いた。朝と違い、もう殆ど人が居ない夜の静かな帰り道。橘先輩と二人で歩ける事が嬉しい。嬉しいと思いながらも、私の頭の中では思考が空回っている。橘先輩、朝、女の人と親しそうでしたよね。橘先輩、タイムが伸びないんです。そんなこと、話しても仕方がないってわかっているのに。

「そういえば……七咲は、小学校はどこだったんだ?」

 突然、橘先輩が聞いてきた。

「あ、輝日南小学校です」

 輝日南小学校は私の自宅から歩いて十数分の距離にある小学校で、この辺りに住んでいる子供の多くは私立学校にでも行かない限り、輝日南小学校か、もしくはもう一校の公立学校に通う。

「あれ?じゃあ僕と同じじゃないか。ひょっとすると、小学校でも七咲と出会っていたかもしれないんだな。」

 感慨深そうに言う先輩。

「ふふっ、そうなりますね」

 もし小さい頃に橘先輩と出会っていたら、私達の関係はどうなっていたんだろう。

「小学校、懐かしいなぁ。滑り台でよく遊んだっけ」

 滑り台、と先輩が言ったことで、私の子供の頃の記憶も呼び起こされる。

「あ、それなら私も遊びました」

共通点があって、ちょっと嬉しくなった。

「確かイカの形をした変な滑り台だったよな」

 その時、先輩の言葉に私は妙な違和感を覚えた。

「え?あれはタコの滑り台だった気がしますけど……」

 一応、記憶を辿ってみる。でも、私には確信があった。あの滑り台は確かにタコの形をしていた。

「違うよ、あれはどう見てもイカだよ」

 足を止めて反論する橘先輩。ちょっとむきになっていてかわいい。

「いえ、残念ながらタコなんです」

「そんなはずないって」

 年下なのに落ちついている私と、年上なのに落ちついていない橘先輩。

「間違いありません」

 きっぱりと私が言うと、橘先輩は黙って考え込んでしまった。

「……なんだか、納得がいってないみたいですね」

 考え込んでいる橘先輩の横顔を覗き込みながら聞く。

「だって、あれは……」

「では、今度確かめに、小学校に行ってみますか?」

 軽く言ったが、私は内心ドキドキしていた。行き先が出身の小学校とはいえ、初めて先輩と校外に出るお誘いを、私はしてるんだ。

「うん、じゃあ、今度の日曜の夜なんかどうだ?」

 私の緊張とは裏腹に、ごくあっさりと橘先輩は私の誘いに乗ってくれた。

「そうですね、構いませんよ」

 応えながら、心が弾む。

「よし!後で謝っても遅いからな!?」

 子供のように言う先輩。

「謝るのは先輩だと思いますよ」

 私も挑発的に返す。

「日曜が楽しみだな」

「そうですね」

 滑り台がイカかタコかはっきりする事が楽しみな先輩と、日曜日に橘先輩と一緒にいられることそのものが楽しみだった私と、二人の「楽しみ」の中身は違っていたかもしれないけれど。

「じゃあ、またな、七咲」

「はい、それでは」

 そういって私たちはそれぞれの帰路へ。さっきまで沈んでいた心は、今では少し、晴れていた。

「日曜、楽しみだな。ふふっ」

 橘先輩は、タコの滑り台を見た時、どんな顔をするだろう……きっと、子供みたいに驚くんだ。その想像の橘先輩の姿が面白くて、私はまた笑顔になっていた。

 

 日曜日。部活もなく、日中は自宅で漫画を読んだり、弟と遊んだりしながら過ごしたけれど、夜に橘先輩と会うことへの期待に何をしても上の空だった。結局、私は少し早めに家を出て、散歩をしてから小学校に向かうことにした。

 少しジョギング気味に、町内を高台の公園の方へ。ダウンジャケットが少し重いけど、一日部屋の中で過ごして固まっていた関節達が、少しずつスムーズに動くようになるのが気持ちいい。高台の公園まで走ってだいぶ身体が温まったので、ジャケットを脱いで一休み。乾燥した空気が、少し汗ばんだ首筋を冷やしてくれた。

 そのまま、沈みゆく夕陽をぼーっと眺め、物思いにふけっていた。いつ、私はこのスランプから抜け出せるのだろうか。私はそんなに弱い人間だったんだろうか。このまま、校内選考までスランプから抜け出せなかったら……そこまで考えて、風が吹いたわけでもないのに、私は身震いした。

 実際、身体が冷えてきたことを感じて、もう一度ジャケットを着込む。公園の方を見ると、小さな男の子と女の子が仲良く遊んでいた。無邪気に追いかけっこをする2人。まだお互いを異性として意識しない、幼い子供たち。あの子たちも、いつしか相手を異性と意識するようになり、お互いの距離を離すのだろうか。それとも、恋人同士になったりするのかな。いつ頃、人はそうやって、異性を自分と違うものとして意識し始めるんだろう。……たしか、保健体育の授業でそんなことを習ったっけ。

「先輩も、今みたいに変態じゃない、かわいい子供だった頃があったのかなぁ。ふふっ」

 小さいころの先輩を想像して、私は一人笑い。それからしばらく、私は公園の子供たちを眺めていた。

 先輩との約束の時間が近付いて、私は小学校へ向かった。よく通った通学路は、特に物珍しいということもなかったけれど、日が落ちてから通るとなんだか寂しい雰囲気。私はちょっと心細くなって、少し早足で学校まで向かった。

 小学校には約束の五分頃前についたけれど、橘先輩はもう校門の前で待っていた。ジャケットにマフラーを巻いた橘先輩。制服じゃない橘先輩をみるのはなんだか新鮮な気分。

「橘先輩、すみません、お待たせして」

小走りに橘先輩のところへ駆け寄る。

「おわ、な、七咲か、おどかすなよ」

びくり、とオーバーリアクションで私に気付く橘先輩。

「別にそんなつもりじゃ……先輩って結構憶病なんですね」

 さっそく、橘先輩をからかってみる。

「そんな事は……」

「ない、と?」

 意地悪な顔で聞く私。

「う、うん……」

 自信なさげに、橘先輩が頷く。

「ふふっ、では、そういう事にしておきます」

「……七咲って、結構意地が悪いよな」

 ちょっと悔しそうな橘先輩。

「今頃気づいたんですか?」

 にっこり笑って言う私に、先輩は肩を竦める。

「ふふっ。じゃあ、さっそく入りましょうか」

「うん、そうだね」

 校庭の中へ入り、遊具が集まっている一角へ並んで歩く。もう日の暮れた校庭では遊ぶ人もなく、私たち二人の影だけが、電灯の光を受けて長く伸びていた。

「久しぶりに小学校のグラウンドに来たけど、こうして見ると……意外と小さいんだね」

 校舎の方を見ながら、先輩が呟く。

「あ、橘先輩もそう思いましたか?」

「七咲も?」

「これって……」

「僕たちが成長したから、かな」

 そう言って、しみじみと見渡す先輩。私も、ぐるりと校庭を見渡してみる。小学生の頃、あんなに広く感じた校庭は、まるで校庭の方が小さくなったかのように不思議と狭く感じた。自分が意識しないうちに、自分が持っている感覚が変わってしまった、なんだか寂しいような、怖いような感覚。このまま自分があと何年か歳を取ったら、私が今橘先輩に感じている気持ちも、この小学校のグラウンドに対する感覚みたいに小さくなってしまうのだろうか?そんな事を考えて、私は少し不安になった。

「滑り台が見えてきたね。さっそく確認しに行こうか?」

「そうですね」

 いよいよ、橘先輩が驚く顔を見ることができる。ちょっと、わくわくしてきた。

 実は、私は小学校の頃に、ちょうど橘先輩と議論したような「イカかタコか」の話でクラスメートと争った事があった。校庭にある、滑り台やジャングルジムのような複数の遊具を兼ねた大きな像。クラス中の大激論の末、ついには学級会まで開いて、滑り台の足が八本であること、頭の形が丸いこと、輝日南小学校に赴任して長い先生から「昔、この滑り台は赤く塗られていたが、塗料が落ちてしまった」との証言を得たことから、この滑り台がタコであることを確認したのだった。そこまでした記憶は、さすがに小学生の頃と言っても、はっきりと私の中に残っていた。

 橘先輩の驚く顔を見逃さないようにしなきゃ、と、思っていた矢先、私は目の前の光景に、思わず口が開いてしまった。

「……ほら、イカだろ?」

 私は目を疑った。赤色の落ちた滑り台は、改めて白い色が塗られ、さらに丸かったはずの頭の部分は、あろうことか三角の新しい頭に入れ替わっていた。

「そ、そんな……私が通ってた頃は、確かにタコだったんです!!」

 驚く私とは逆に、橘先輩はきょとんとした顔をしている。

「そうだっけ?ずっとこうだったような気がするけど……」

 橘先輩を放って、私は滑り台に駆け寄り足の数を確認する。1、2……足は確かに8本あった。

「ほら!先輩、みて下さい、足が8本です!これはタコだったんですよ!」

「ははは七咲、足が8本のイカだって居るんだぞ!漫画に書いてあったから間違いない!」

 勝ち誇ったように先輩は笑っていて、私は妙に悔しくなった。

「だ、だって……ほら、頭のところだって妙に新しいじゃないですか!ここだけ取り換えたんですよ!色が落ちたからって、塗り変えるんじゃなくてイカに変えるなんて……」

 必死に弁解する私。

「ふふふ、七咲、確かに七咲の記憶は正しかったかもしれないが、昔はどうあれこれはどうみてもイカにしか見えない、違うかな?」

「う、それは……」

 痛いところを突かれて、私は反論できなかった。

「じゃあ、この勝負は僕の勝ちだ!」

 子供のように嬉しがる橘先輩。

「なんだか腑に落ちませんが……わかりました。私の負け、ですね」

 私は反論することを諦めた。橘先輩の言う通り、いくら私の記憶が正しくても、タコだったものをイカに変えられてしまっては、どうすることもできない。想像の範疇外だ。

「ははっ」

「何ですか?」

「いや、七咲ってなんだかいつもクールで、スマートにしてるからさ。今日みたいに取り乱してるところを見たことがなかったから、驚く顔がみれたらなんだか嬉しくてさ」

 嫌味ではなく、本当にちょっと嬉しそうに、橘先輩は言った。

「そんなところを見て笑うなんて、ひどいですよ、橘先輩」

 強がってみたものの、スマートではないと言われ、水泳の事を言われているような気がして、本当は少し動揺していた。

「確かに、実際はタコだったのかもしれないね。ラッキーだったな、僕は」

 言いながら、橘先輩はなつかしそうに滑り台に触れる。きっと、橘先輩が小学生だった頃は、橘先輩ももっと低い位置からこの滑り台を見上げていたんだろう。

「それでも勝ちは勝ち、ですよ先輩。もっと喜んでください」

「そうだな。えっと、勝者へのご褒美はなんだっけ?」

「そんなの、決めてないから何もないですよ、……?」

 言い合っているところで、遠くから何か唸り声のような音が聞こえ、私はそちらの方を見た。校庭の真ん中、暗闇の中で何かがこちらの方に、グルルル……と、敵意をむき出しにした声を挙げている。

「の、野良犬か?」

言いながら、私をかばうようにして前に出てくれる橘先輩。

「先輩……」

「け、結構大きいな、しかも興奮してるみたいだ……」

 橘先輩の声がうわずっている。確かに、目の前で唸っている犬は大型犬とまでは言わずとも、それなりに体が大きく、今にも飛びかかってきそうな興奮状態だった。私も恐怖を感じて、わずかに足が震えだしていた。

「七咲は滑り台の上に逃げてろ!その間になんとかするから!」

「え、あ、はいっ!」

 言われるがままに、私は滑り台の上へと駆け上がる。犬が吠える声が聞こえ、私は恐怖に身体を小さくして、隠すように頭を引っ込めた。

「くそっ!お前はこっちだっ!!」

 先輩の叫ぶ声、それから人が駆けだす足音を聞いて、私はちょっとだけ顔をあげてみる。

「先輩……」

先輩は野良犬に追いかけられて、校庭を走りまわっていた。その姿は、他の人からみれば、犬から逃げる情けない姿かもしれなかったが、私にはとても勇ましく、恰好よく映った。

「うわっ!!」

 追いつかれ、野良犬に飛びかかられる先輩。怖くて見ていられなくて、私は思わず目をつむる。それから何度かガサガサと砂をするような乱暴な音がして、程なくして犬の悲鳴が聞こえ、そのまま遠ざかって行った。

「先輩……?」

 もう一度目を開いてみると、そこにはもう野良犬の姿はなかった。

「七咲、もう出てきても大丈夫だよ」

 砂だらけの先輩が、立ち上がりながら言った。私は滑り台から降りようと立ちあがろうとして……できなかった。腰が抜けたのか、下半身に力が入らない。

「あの……先輩」

 私の言葉に一瞬不思議そうにこちらを見て、それから先輩は私が腰を抜かしたのを判ってくれたみたいだった。

「ちょっと待ってな、いま行くから」

 そう言って、先輩は身体の砂を払うと、助走をつけて滑り台を逆から一気に駆け上がって、私のところへ来てくれた。

「お待たせ、もう大丈夫だからな」

 にっこり笑う橘先輩。その頬には、野良犬を追い払ったときのものであろう砂がついていた。その先輩の姿に、私は大きな安心をおぼえ……次の瞬間には、殆ど無意識に私は先輩に抱きついていた。

「先輩っ!」

「え、七咲!?」

 戸惑ったような声を挙げる先輩。私も自分の行動に驚いていた。

「すみません……」

 私の声はまだ震えている。

「いや……それより大丈夫だったか?」

 先輩は優しく、私の身体を支えてくれた。それから、空いている方の手で優しく私の頭を撫でてくれる。

「はい、先輩のおかげです……」

「七咲は犬が苦手なの?」

 先輩の声がいつもより近くて、私はドキドキした。

「そういうわけではないんですけれど……急にだったから、驚いてしまって」

「そっか」

 しばらくそのまま、私は先輩に支えられていた。暖かい先輩の胸。力強い鼓動が聞こえる。思ったよりも男らしい、がっちりした腕。優しい掌。先輩の匂い。しばらくして私の震えは止まり、血の気が引いたようだった下半身にも、感覚が戻ってきた。

「あの、先輩、すみません……もう大丈夫です」

「えっ?あ、ごめん!」

 驚いたように、先輩は私から身体を離した。

「いえ、抱きついたのはこっちですから」

それから、二人とも無言で滑り台を降りた。身体にはまだ、先輩のぬくもりが残っているような気がした。所在なさげに下がる先輩の手。さっき橘先輩に抱きついたという事実の実感が今頃になってやってきて、私は頬が紅潮するのを感じていた。なんとなく気まずくて、何か言わなきゃと思っても、言葉が出てこない。

「あのさ」

「あの」

 同時に声を出して、二人とも固まってしまう。そのまま、数秒。

「あの、橘先輩」

「な、何?」

「えっと……そろそろ……戻りましょうか」

 やっと口から出た言葉は、私が本当に口に出したかったものとは全然違う言葉だった。

 

 二人で学校を出て、自宅の方へと歩く。やっぱり、何も話すことはできなくて、気まずいまま。橘先輩は、さっき私が抱きついた時、どう思ったんだろう。迷惑だって思っただろうか。それとも、少しでも嬉しいと思ってくれたりしたんだろうか。そんなことを考えながら、私は橘先輩と並んで歩いた。橘先輩は時々、困ったようにこちらを見たりしながら、それでも黙って歩いた。

 歩きながら、私は考える。塚原先輩が言っていたスランプの原因。私のスランプの原因は、きっと私の先輩に対する気持ちだ。はっきりしない自分の心。自分の心が定まらないから、先輩の言葉に一喜一憂してしまう。心が揺れるから、身体がうまく動かない。私は、私の心を解決しなきゃいけないんだ。そうだとしたら。

「先輩、私、ここでいいですよ」

 私は自宅まで十数メートルのところで足を止める。橘先輩は、何も話さないのに、私を自宅の近くまで送ってきてくれていた。

「今日はありがとうございました」

 先輩に向き直り、私は頭を下げる。

「いや、いいよ。勝負に勝っただけじゃなく、七咲のかわいいところが見れたし」

 そう言われて、私は思わず苦笑した。かわいい、と言われて、むずがゆいような、ちょっと悔しいような、不思議な気持ち。

「ふふっ、かっこわるいところみられてしまいました。さっきの先輩、すごく格好よかった。憶病なんて言って、すいませんでした」

「いや、構わないよ、あの時は実際、びっくりしたし」

 恥ずかしそうにする橘先輩。

「あの……先輩?」

「何?」

 ひと呼吸、おいてから。

「今度、水泳の大事な選抜があるんです。校内の代表を決める選抜。私、頑張りますから」

「うん、七咲ならきっと、代表になれるよ」

 いつもとは違う、落ちついた声で橘先輩は励ましてくれた。

「きっと、代表になって、先輩に報告します。それじゃ、おやすみなさいっ!」

 先輩が次の言葉を続ける前に、私は恥ずかしくてたまらなくなり、挨拶だけして家へと駆けた。後ろ手にドアを閉めて、深呼吸。部屋の暖かい空気のせいか、気分が高揚しているせいか、私は自分の頬が紅潮するのを感じた。

 

 それから数日。12月も10日を周り、校内選抜の選考の日が近づいてきた。私の調子は少し上向いてきていた。橘先輩に宣言したことが良かったのか、自分のベストタイムに近づく事ができ、塚原先輩も安心した顔を見せてくれた。

 そして、選抜の当日。コンディションは決して最高とは言えなかったが、悪くもなかった。タイムはベストではないものの、望みがないわけではなかった。一年生から三年生まで、学年で優劣なく実力だけで決まる。

 私は朝から落ちつかない気分だった。だめだと判っていても、授業には集中できない。ほとんど頭に入らないまま、お昼休みを迎えた。

「逢ちゃん、今日水泳部の選考なんだよね?」

 クラスメートの友人と学食の醤油ラーメンを食べているところに、美也ちゃんがやってきた。

「うん」

「『日々の積み重ねが大事なんだ』ってお父さんがよく言ってるんだ。逢ちゃんは毎日頑張ってるんだし、きっと大丈夫だよ!」

 美也ちゃんは、わざわざ低い声を出してお父さんのモノマネをした。

「うん、美也ちゃん、ありがとう」

「それとね、逢ちゃん」

「なに?」

 一歩寄る美也ちゃん。

「さいきん、お兄ちゃんがごきげんでねー。この前の日曜も夜に帰って来た時、だらしなーい顔でさー。何かいいことあったのかなー?」

 そういう美也ちゃんの顔は、全て知っていて、その上で私をからかっている顔だった。一気に恥ずかしさが襲ってくる。

「にししし、頑張ってね、逢ちゃん!」

 何に対して「頑張る」のか、言わないまま美也ちゃんは言ってしまった。恥ずかしくて、穴があったら入りたい。いっそ私がこの醤油ラーメンになってしまえば人目を逃れられるだろうか、などとラーメンを見つめたまま妙な事を考えている横で、一緒にお昼を食べていたクラスメートが不思議そうにこちらを見ていた。

 

 お昼を食べて、クラスメートの友人と別れ、私は橘先輩の教室へと向かった。美也ちゃんに言われたからではないけれど、選考の前に橘先輩に元気をもらいたいと思った。気持ちも少し弾んで、軽い足取りで二年生のフロアへ。角を曲がれば橘先輩のクラスというところまできたとき、角の向こうから橘先輩の大きな声が聞こえてきた。

「う、うわあああああっっ!!?な、なんだ!?」

「あははっ!いいよ、いいよ純一、その反応!」

 女の人の元気な声が続けて聞こえてくる。角からちょこっと顔を出す。

「あ……」

……私は、後悔した。

 黒髪の、パーマの女性が橘先輩に抱きついていた。抱きついて、橘先輩の耳たぶにかじりついていた。その女性はとてもうれしそうで、それを近くで見てる梅原先輩も大笑いしていて。そのもう少し遠くで、まじめそうなストレートの黒髪の女の人が、二人の姿を見て頬を膨らませている。とてもその場には入っていけなくて、私は逃げるようにその場を後にする。階段の踊り場まで戻って、私は立ち止まった。

「今の人……橘先輩の事、純一、って」

 名前で呼ぶくらい、親しい女の人?この前の人とは違う人だった。

「……先輩」

 心の中で、何かが割れちゃったような感覚がした。続いて、耳の辺りから血の気が引いていくような、怖いような、そんな感覚を味わって、私は混乱したまま、教室へ戻った。さっきまでの気持ちも、美也ちゃんの応援の言葉も、全部どこかに吹き飛んでしまっていた。

 

 選考には落ちた。

 これまで従順だった水が抵抗してくるみたいに、身体が、心が悲鳴をあげてるみたいに、全部が哀しいくらいにばらばらで、私はベストより大幅にタイムを落としてゴールした。ゴールしても、水から上がるのが嫌だった。頑張ってきたのに、何一つ、惜しいという結果すら残せないのが悔しかった。部活の仲間たちは慰めの声をかけてくれたが、申し訳ないけれど、耳には入っていなかった。

 部活が終わり、プールサイドでうなだれる私に、塚原先輩がタオルをかけてくれた。ありがとうございますの言葉も出せず、私はただ俯いていた。

「今日は残念だったわね」

「塚原先輩……」

「一年生の中ではいいタイムだったんだから。来年はきっと通れるわ」

「……」

 塚原先輩に優しい言葉をかけてもらっているのに、心の中には焦燥が募る。

「七咲は本当によく頑張ってるもの」

「……先輩、私」

「うん?」

 たまらなくなって、私は先輩の言葉を遮るように言った。

「背泳で、来週の選考に出ようと思うんです」

 私の言葉に、先輩は少しの間、何も言わずに私を見ていた。

「……私、あなたを叱らなきゃいけないと思う」

 少し強い調子の言葉に、私は思わず塚原先輩をみた。先輩は私をじっと見ている。

「それはきっと、七咲にとって根本的な解決にならないわ。それでもし通ったとしても」

「それでも」

 塚原先輩の言葉を途中で遮って。

「私から水泳を取ったら、何もないんです」

 塚原先輩みたいに気遣いができるわけじゃない。美也ちゃんみたいに愛想があるわけじゃない。中多さんや橘先輩の周りにいる女性達みたいに魅力的な容姿でもない。行動力があるわけでもない。橘先輩みたいに、まぶしい魅力があるわけじゃない。私には、何もない。

「だから、背泳の選考に出させて下さい」

 先輩は私を確かめるように、強い目でじっとわたしを見た。

「……判ったわ。それなら、私は何もいわない。あなたの思う通りにやってみなさい」

 捨てるのではなく、私を受け入れてくれる声で、塚原先輩は静かにそういうと、私から離れて行った。私はもう数分、プールサイドで水を見つめて、プールを後にした。

 校門まで来た時、私の視界の端に橘先輩の姿が見えた。次の瞬間、私は逃げ出していた。途中で誰かにぶつかったような気がしたけれど、構わずに坂を駆け下りる。転びそうになりながら、でも速度を落とさないように走り続けた。

 橘先輩に、選考に通った報告をしたかったのに。頑張ったねって言ってほしかったのに。どうしてこうなってしまったんだろう。きっと、私が弱いからだ。橘先輩とのことに一喜一憂したりして。冷静な私がどこかに行ってしまった。私は、私を取り戻さなきゃだめだ。

「おーーーーい、七咲!」

 遠くから聞こえる、よく知った声。姿を見て追いかけてきたのか、橘先輩が私に向かって走ってきていた。どきりとして、一旦先輩から目線を離し、深呼吸。私は、面倒見のいいクールな後輩、七咲逢。そう自分に言い聞かせる。

「先輩……」

「よかった、追い、つけた」

 肩で息をしている橘先輩。橘先輩の額はじっとりと汗ばんでいた。

「あの……どうして、追いかけてきたんです?」

 何もなかったかのように聞く私。

「どうしたって……七咲こそどうしたんだよ!突然走りだしたりして……あんなふうに走って帰るなんて、何かあったんじゃないのか?」

「……」

 視線を外して、消えかけた冷静な私を準備しなおす。

「何も……ありませんよ。ただ、自由形の選考に落ちただけです」

 心の端が痛んだような気がしたのを、私は無視した。

「えっ!ど、どうして……」

「タイムが落ちたからに決まってるじゃないですか」

「タイムが……」

 困った顔の橘先輩。橘先輩がそんな顔をすること、ないのに。

「先輩……そんな顔しないでください」

 橘先輩の顔を見ているのが辛いからじゃなくて、何も辛いことなんかじゃないからだ、と私自身に言い聞かせる。

「大丈夫ですよ、私、背泳に転向しますから。来週選考の背泳の枠なら人数が少ないし、まだ間に合うかもしれないんです」

「でも……そんなに簡単に種目を変えられるものなのか?」

 心配そうに聞く橘先輩。

「……頑張ります、としか言えません」

「そうか……」

「先輩、だから私、もっと水泳に集中しようと思うんです。それで……」

 次の言葉に、私は一瞬詰まった。

「それで?」

「選考が終わるまで、その、私の所には来ないでもらえませんか」

 橘先輩をまっすぐみることはできなかったけれど。

 橘先輩が、少し悲しそうな顔をしているのが、私の視界の斜め上の方で、見えた。

 しばらく先輩は黙って、辛そうな顔をして、ようやく口を開いた。

「わかった。いい結果が出ることを楽しみにしてるよ」

「ありがとうございます。私、頑張りますから」

 精一杯の笑顔で答えた。

「うん、あまり無理はするなよ、七咲。ちゃんと休む時は休まないとだめだぞ」

「はい、わかってます」

 はっきり答えたが、先輩は迷ったような顔をしていた。

「先輩、どうしたんですか?」

「いや……なんでもないよ」

 そう答えてはくれたが、やはりその顔は、どこかに迷いがあった。でも、私はそれも、気付かないふりをする。

「そう……ですか。えっと、では私はそろそろ失礼します」

「うん、またな」

 橘先輩の返事を聞いて、私は未練を断ち切るように走った。自宅近くまで来てから、私はもと来た道を振りかえる。先輩の姿はない。これでいいんだ。背泳で選考に通って、橘先輩に報告すればいい。

 もしまた落ちたら、と一瞬考え、深い深い闇を感じて、私はその考えを頭から切り離した。明日からもっと、厳しい練習をしなくちゃ。そう決意して、自宅へと戻った。

(続く)

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mixiの緩やかな終わり

Filed under: コラム — ksk @ 6:42 PM

なんとなく、mixiの終わりが見えてきたような気がしてます。
終わりっていうのは、イコール倒産とか閉鎖とかそういうことではなく、
mixiの天下というか、mixiが概ね最大の盛り上がりを見せた時期は
もう通り過ぎたんだな、ということです。

きっかけは多分いろいろですが、
twitterがとどめを刺したような構図に見えます。
一つ一つの事は簡単で、
たとえばアプリが入ってきたとか、
ボイス機能が入ってきたとか、
招待制じゃなく登録制になったとか、
そういうことなんでしょうけれども。

過去にウェブログがブームだった時代、
様々なメディアの「乗り物」だったブログは、
mixi等のSNSが現れたために、
その「乗り手」の絶対数が減りました。
身内に向けてブログを書いていたような人は、
mixiに移動して日記を書けばよかった。

…が、基本的に「ブログ」というものは形式であり、
ブログをする人が減っても、ブログというもの自体の運営には
大きなダメージがありません。
ブログを設置するのは一人ひとりであり、
それぞれが独立のページだから。

同様にmixiの乗り手が減って言ったとき、
mixiの場合には「運営が成り立たない」という窮地に立たされるわけで。
広告収入やプレミアム会員収入を維持するため、
様々な機能追加等で頑張っているんだと思います、が。
正直、もういっぱいいっぱいに見えます。

とはいえ、未だ最大数を獲得しているmixi、
まだまだ生き続けてはいるんでしょうけど、
でももう、先が見えてきちゃった感じがしますね。
ドワンゴ(ニワンゴ)みたいにわけのわからない事をする意外性が
あればまた別だったのかもしれないけれど……

と、診断系の台頭や、アプリの通知の多さを見て感じたのでした。
帰ってきたらボイスがトップに配置されててびっくりしたよ。

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